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【霊能探偵怪奇譚】空っぽになる少女・2

白く何かが光った。
ミタマは眩しさで目を少し細めた。決して着物の女から目を離さないようにしながら。
その光は、極寒の中に現れた希望にも見えた。

『何この寒さ!!アタシの美しい毛皮がガビガビになるじゃない!どうなってるのよ!』

唐突に少女の声がした。
その声は、白い光とともに現れた、細長い毛の生えた蛇のように見える物体から発せられていた。ふわふわとミタマの周りを漂いながら、寒さを堪えるかのように、小刻みに身体を揺らしていた。

『この寒さの原因は……ふぅーん。アイツね』

着物の女を見る。
その女性の姿は、まるで冬の寒さをまとっているかのように白い靄で覆われていた。

『で、瀬織は……あの時と同じなのね……。いえ、もっと酷いかしら……』

瀬織を見つめ、少女の声は深刻な色を発した。その声音には、懸念けねんと悲しみが混ざっていた。
瀬織の状態はミタマが危惧きぐした通り、空っぽになりかけていた。

突然の彼女の登場に、ミタマは呆気あっけにとられ、口を挟むことができなかった。状況の急変に、頭がついていかない。
何故今ここに『管狐くだぎつねるい』が現れたのか。彼女は何か知っているのか。
聞きたいのに言葉が出てきてくれなかった。

『で?ミタマ、アンタは何をしてるの?』

そう聞かれ、ミタマは躊躇ためらいながらもようやく口を動かした。その声は弱々しく、自信なさげだった。

『何度呼びかけても声が届かないんだ。こうしてる間にも……瀬織は……』

声に悔しさがにじむ。無力感と焦りが、ミタマの心をむしばんでいた。

『ふうん。それで呆けてたの?まだ出来ることがあるのに?』

ミタマは目を見開いた。あんなに叫んでも何も変わらないのに、一体何処にまだ出来ることがあると言うのか。
しかし、泪の声には確信があった。

『アンタなら出来る。いえ、アンタにしか出来ない。アタシ達管狐には出来ないけれど、アンタにはまだ出来ることがあるのよ』

泪はさらに続けた。
力強い言葉には、ミタマを奮い立たせようとする意図が感じられた。

『アンタとアタシ達の違いがわかる?アタシ達はただのお守り役。守ることしか出来ない。でもね、アンタはパートナーなの』

ミタマの心に小さな希望の灯がともった。
『パートナー』
その言葉の意味と重さを、ミタマは感じたのだ。

パートナーとは、互いに支え合い、共に成長する存在。
瀬織との日々の中で、ミタマ自身も変化し、成長していたことに気が付いた。
瀬織と共に歩み、互いに影響し合い、絆を深めて、今がある。
その今。
この状況で新たな可能性を見出すこと。それこそが、真のパートナーシップではないか。

絆こそが、今の状況を打開する鍵なのかもしれない。
自分にも、守ること以外の力があるのかもしれない。
その力を信じ、瀬織と共に困難を乗り越える!

そんな決意が、ミタマの心に芽生えたのだった。

ミタマは深く息を吸い、自らを鼓舞こぶし、瀬織に向き直った。
瀬織との絆を信じて。


「いい? よく聞いて。瀬織を助けるには、回線を切るしかない。アンタが2人を繋ぐ回線に入って、切断すればいいの。簡単に聞こえるでしょうけど、ただ切るだけでは瀬織は元に戻らない。ちゃんと瀬織を戻したいなら、ミタマ、アンタが瀬織の意識を呼び起こさないとならない」

わかった?と言いたげな泪の真剣な眼差しに、ミタマは頷いた。
瀬織を救う。
口で言うほどそれは簡単なことではない。しかし、瀬織は大事なパートナーだ。
絶対にやり遂げなければならない。
それに……もう一度、笑顔で笑い合いたかった。

「アンタが干渉すれば、あの女は必死に抵抗するでしょう。でも大丈夫。アンタ達を守るのが、アタシ達管狐の役目だからね」

言い終わると同時に、4つの光が瞬いた。ミタマの背中を押すかのように、温かな気配が広がる。

「うん。泪、オレやってみるよ。ありがとう。みんなも、よろしくな……」

深呼吸をし、ミタマは女と瀬織の意識の混じり合う点に集中した。目を閉じると、周囲の音が遠ざかっていく気がした。

泪はにっこりと微笑むと、今しがた現れた4つの光に話しかけた。

『さあ、全力で守るわよ!』


ーーーーーー

意識が沈んでいく。まるで深い海に潜るかのように。
ミタマは徐々に二人の意識が混じる場所へと近づいていった。

意識の海は常に歪んでいて、やっと晴れたと思うと、そこは薄暗い砂浜だった。
瀬織の意識は女性の記憶に包まれ、そこに閉じ込められていた。


『ここがあの人の記憶……。瀬織はどこだ?』

ミタマはそう呟いた。
ここにいることはわかるのに、ここの何処にいるのかがわからない。
今までずっと一緒にいた瀬織の気配、わからないはずがないのに、混沌としていて掴めなかった。

(何処だ……何か手掛かりを探さないと……)

辺りを見回す。
ふと白い何かが目に映った。
貝殻だった。白い貝殻が一か所に集まり、波に揺られていた。

『なんだ貝殻か。瀬織の着物かと思って焦ったぜ。それにしてもこの貝殻、ずいぶん沢山あるな……』

少しだけホッとしながら、貝殻を観察する。
ざっと見ても50個はありそうな白い貝殻は、波のせいで少しずつ散らばっていった。

(なんの変哲もない貝殻だな。うん。貝殻を見てても仕方ない。もっと周りをよく見てみよう)

目を凝らし海岸線を見る。しかしこちらはただ日が昇ってくるだけだった。
今度は反対側の民家のある方をじっと見てみる。すると、遠くから浜辺へ向かって歩く着物姿の女性が見えた。
足早あしばやにこちらに近づいてくる。そして白い貝殻のある水際みずぎわへと近づき、しゃがみこんで何かをしていた。後ろ姿しか見えないため、何をしているかはわからないが、どうやら白い貝殻を集めて何かをしているようだった。
そのまま日が暮れるまで何かをし、暗くなるとまた民家の方へと去っていった。
女性が立ち去ると、波は容赦なく貝殻を攫う。
そのうち月が昇ると、白い貝殻は波間でキラキラと光っていた。

すぐに朝が来た。日が昇ると再び着物の女性が現れ、白い貝殻で何かをして、日が暮れると去っていく。

『なんだか早送りを見てるみたいだ……ん?そういえば、いつの間にか1日が早くなってるな』

どんどんと日が経っていき、気が付けばそのまま10日分ほど、彼女の行動を見ていた。
どうやら彼女は毎日、白い貝殻を拾い何かの形に並べているようだ。
昼の間に女性によって集められ、夜の間に波によってまた散らばっていく。
それをずっと繰り返している。
食事をっている様子はない。日毎ひごとに彼女は青白く衰えていった。
それでも毎日、浜辺で貝殻を拾う。
並べる。
その姿に、悲しみと切なさが滲み出ていた。

(彼女をじっと見ていても変わらない。手掛かりを探さないと……)

『瀬織!』

ミタマは叫んだが、返事はない。

『瀬織!!』

もう一度、ミタマは瀬織の名を叫んだ。
やはり返事はない。

(ダメか……瀬織……。いや、ダメだ!諦めるなミタマ!もう一度呼んでみよう)

『瀬織!!瀬織!!!オレだよ、ミタマだ!お前のパートナー、ミタマだ!!助けに来たんだ!!』

突然、視界に不自然な歪みが現れた。
グニャグニャと浜辺と女性の姿が混ざり溶け合って見えた。
まるで絵の具を混ぜるみたいに。

それが徐々に元に戻り、完全に歪みが晴れたとき。
女性の動きは止まっていた。
波も止まっていた。
そして首だけが、ミタマの方へぐるりと向いた。
ここに存在しないはずのミタマ。ただ意識を繋いだだけのミタマは、記憶の中の女性から見えるはずがない。
それなのに、女性は確かにこちらを見ていた。
じっとこちらを見つめる目に光はなく、虚ろだった。




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