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おばあちゃんへの手紙 14-4


「それは私も同じ気持ちですよ。

こんな小さな子供たちまで連れて、
家族みんなで願意を遂げようとしている姿は
とてもありがたいものを見ている気持ちです。

私自身の励みとなり灯火となります。


今までにも様々な事情を抱えて
お遍路をされている多くの方々に
出会ってきました。


みんな一所懸命人生の困苦を
誠実に決意を持って
乗り越えられようとしていた方々でした。



大切な息子さんを幼くして亡くし、
せめて天国に渡ってほしいと願うご夫婦や


ひょんなことから
交通事故の加害者になってしまわれ、
罪はもちろん法律上償ってはいても、
どうしても自分を許すことができなくて、
この地を訪れている人。


あと、こんな若者もいました。
たまたま病気で入院した同室の隣のベッドに
おばあさんが癌の末期で入院されていた。

毎日言葉を交わすうちに
とても親しくなられたのですが、
そのおばあさんには
彼が入院していたひと月の間、
誰もお見舞いには来られなかったそうです。

聞けば、
ご主人と息子さんを若くして亡くしてしまい、
ずいぶん長く悲しみを抱えながら
一人で生きてこられたそうです。

その青年は退院した後、
ご自身がおばあさんの
たった一人の見舞客となったそうです。

そしてその余命に寄り添い、
まるで亡くなられた本当の息子さんのように
最期を看取ってあげたそうです。

彼としては、
自分のできることはやったのだと
自分に言い聞かせたのですが、
でもやはり残された彼の心は
収まりどころを失ったようです。

彼の入院中も退院後も、
そのおばあさんの口にする言葉といえば、
いつも彼の体の心配ばかりで、
若いのだから早く良くなってほしい
とずっと祈られていたそうです。

まるで自分の病気のことは
忘れてしまったかのように…」


隣で細君は鼻の頭を真っ赤にしながら
泣いていた。

子供たちも神妙に聞いている。


「おばあさんは、
物忘れがひどくなったと
堂々と言っていたようですが、、
夜中に彼の毛布をそっと直すことだけは
忘れたことはなかったそうです。」


有木さんは遠い目をして、空を見上げた。

白雲のかけらもなく澄み渡った蒼一色である。

静かな存在感を湛えながら、
まるで天空の彼方のおばあさんに
安らかなることを祈っているかのようだ。


「彼は自分の心を納めるために
歩くことを選んだようです。」

揺るぎない語調は深く
殷々とした響きを伝えてくる。



「彼の結論はこうでした。

”人生とは言葉ではない。歩みである。”

おばあさんへの冥福の祈りには
歩みをもって応じようと。

自分のことを差し置いて、人の体の心配をする。

そんなおばあさんの幸せを祈るうちに、
いつしか青年も
人の幸せだけを祈るようになったそうです。

そしてそうなれた事が、彼にとっては
何より心から感謝なのだそうです。」

思わず胸の内が熱くなっていた。


そのおばあさんの、
癌という恐るべき宿命の中でも、
他者に対する
優しい気遣いを忘れていないという心根が
その青年の何かを変えた。



私はふと
自分のおばあちゃんのことを想った。


死してなお
夢の中から応援し続けてくれるおばあちゃんに
動かされ、今こうして私もここにいる。


自分の中の何かが変わろうとしている。


この青年の気持ちとシンクロするものを
強く感じた。



数瞬の沈黙ののち
有木さんはおもむろにつぶやいた。

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