みつい
ダンスフロアなんてしらない
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ダンスフロアなんてしらない

みつい

町の不動産屋に勤めていた。
サザエさんでいう花沢不動産みたいな。

暑い夏の夕暮れ時 事務所の電話がなった。
「ホームページを見てるんですが、今から『田崎住宅』見せてもらえませんか?」
電話は沢田、と名乗る女性で声の印象から20代なのかな。と思いながら現地へ向かうと小学生女の子2人の子どもを連れたお母さんで、もうすぐ40代だと後のおしゃべりで知ってからも明るい話し方のせいか、やっぱり実際の年齢よりずっと元気に見えた。

問い合わせのあった『田崎住宅』は木造の二階建て、の二階部分だけを貸し出す、というなかなか難しい物件で「他の不動産屋にもお願いしているが、入居者が見つからない」と最近家主の田崎さんがうちの不動産屋にも仲介に入って欲しいと話を持ってきた物件だ。
水回りなどは新しく備え付けているし、外階段を付け二階に直接入れるように玄関も別にあるが、一階部分に住むのは60代後半のご夫婦で家主の田崎さん、その人達である。

家賃は安いのでお問い合わせは多いのだが、この条件を説明すると内覧をされる方はいない。
更にこの物件、駐車場はあるのだが信号を渡った道路向かいの場所と これまた不便なのである。
それらの条件を伝えても沢田さんは「大丈夫です」と笑い一緒に連れてきた2人のお子さんと共に玄関へ向かおうと外階段を目指してくれた。

…この外階段も手すりを持たないと不安になるほどの急勾配なので「お子さん、気をつけてください!」と言いながら登ることに。

お部屋は夏の日差しのせいで夕方でもまだ暑かったが、沢田さんも2人の子ども達も楽しそうに内覧をしてくれた。
畳の部屋が2つしかないが
「子どもと3人なので十分の広さです」と言って、下に家主さんが生活していることについては
「私が仕事で遅くなることがあるので、子どもたちにとってはかえって安心です」と。

そんな大人の会話をしていたら、退屈したのか子ども達が
「ダンスフロアみたーい」
とタタンと遊び始めた。

床の間である。

ダンスフロアなんて見たこもないけど、こんな地味で狭いわけはないだろう。

沢田さんが「やめなさい!騒がない!」
と叱りながらも「ダンスフロアなんてどこで覚えたの!?」と笑っている。

とくにそれが決め手になったわけではないだろうが、お部屋へ申し込みを頂き審査も無事通ってご契約となった。

この物件は入居中の管理は家主さんが自ら行うので次にお会いできるのは退去の時だ。
全体的にカラッと明るくて気持ちの良いご家族だった。

◇◇◇

それから一年と少し経った位に家主の田崎さんから「別で持っている一軒家で空きが出たので募集をお願いしたい」と連絡を頂き、お宅へ行って条件などの打ち合わせをすることになった。

田崎さんにお茶を頂きながら雑談をしていると「ほんとに良い人を紹介してもらって…」と話し始めた。
2階の沢田さんのことらしい。
「お子さん2人も可愛くて、たまにみんなでご飯を一緒に食べるのよ」と言って、私は忘れてしまっていたお子さん2人の名前を言いながらあれこれ出来事を話してくれた。

私はひねくれた不動産なので「それ、沢田さんご一家は迷惑してないかな」などと思いながら相づちを打ったりしていた。


新しく募集を開始した戸建てもうちで入
居者を見つけ、契約書類やら鍵の準備やらでよく田崎さん宅へ行くようになるとある日の夕方、仕事帰りの沢田さんに偶然お会いする機会があった。

「こんにちはー」位で通りすぎようとした私に沢田さんは「あ、不動産屋さん!」とわざわざ呼び止めて「いいお家を紹介してもらって…私も子ども達も田崎さんと仲良くしてもらってるんです。ありがとうございます」とお礼を言われた。
お部屋をホームページから見つけたのも大家さんが良くしてくれるのも全て沢田さんの功績であるのに。
「たまに夕食に呼ばれることもあって、仕事で遅くなるときも子ども達を気にかけてくれてるんです」

風鈴の音がうるさいと苦情の来る世である。
普通の近所付き合いさえ難しく避けがちなのに、いくら田舎とはいえ、大家さんとごはんを共にする関係を築くとはとても珍しい話だ。

人の心はどうだかわからない、と常々考えてしまうひねくれた不動産でも双方からの楽しげに話すエピソードを聞くと、二組ともこの関係を喜んでいるんだな、と その出会いにちょっとだけ関係させてもらったことを嬉しく思い、ひねくれた心をそっと恥じた。

それから私が仕事をやめるまで退去の報告は来ていないので、ずいぶん長い間 ご入居されている。
子どもたちは小学生を卒業しただろうし、もしかしたら中学校さえ卒業したかもしれない。
その間ずっとあの関係が続いてくれていたらいい。いやきっと続いているはずだ。

と通りすがりの不動産屋は思う。

◇◇◇


私はいまだに本物のダンスフロアは知らないし、華やかな光も私をそっと包むようなハーモニーも知らない。
なのであの「床の間ダンスフロア」が私の唯一知っているダンスフロアなのだが夏の夕暮れのあのフロアを知っていればもう十分な気もしている。



登場する物件名、人物名は仮名です。

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みつい

気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。

みつい
町の不動産屋で10年程働いていました。 お酒を愛し、何でもよく呑みます。 繰り返し読むのは漫画なら「ジョジョ」と「スラムダンク」本なら「黒い家」と「白壁の緑の扉」