たぶん5分のスピンオフ②
【つぶやきから生まれた物語③】彼氏side
「お前は頑張りすぎるんだよ、いい機会なんだから仕事の事は忘れてさ、ゆっくり休んで体調整えろよ。じゃあな」
「あの…本当にすいませんでした」
「そういうところだぞ!気にすんなって」
気にしないでいられるものか。子供の頃からずっとそうだった、大人は何を求めているのか?何をすれば良い子だと思われるのだろうか?そんな事ばかりを考えている小憎たらしい優等生。
特に努力をしなくても大抵の事は上手くやれたもんだから、周りは勝手に持ち上げてくれたし、そう扱われる事は当然だと感じていた。
自分は皆に認められている。それに見合う結果も残している。だから失敗なんかするはずが無いと傲り高ぶっていた。人生そんなに甘くは無いのに…。
始まりは本当に些細な連絡ミス。自分の考えは伝わっているだろうという思い込みが6割程占めていたかも知れない。何故そんな事も分からないのだという苛立ちから、自然と人当たりはキツくなる。溢れ出す不平不満、遅れまくる予定。自分がやらなければ、自分が何とかしなければ…自ずと身体は悲鳴を上げる。気が付いたら病院のベッドの上だった。
「熱は下がったみたいですね。ストレス溜めないようにのんびり休むのが1番だって先生も言ってましたから、あんまり考え込まないようにしてくださいね」
長濱瑠美、中学の1学年後輩で確かバスケ部のエースだったかな?出来ればこんな情け無い状況で再会したくは無かったな。
「でも日山先輩が体調崩すなんてよっぽど大変な仕事されてたんですね」
「えっ?」
「だって日山先輩なら大抵の事はちょちょいのちょいでしょ?」
「そんな事無いよ、俺は決して器用じゃ無いから」
「ふ〜ん」
「何?」
「いや、色々あったんだろうなぁって」
「そりゃあるだろう?社会に出れば」
「うんうん、そりゃそうだ」
「なんだそれ」
「まあ、兎に角ここにいる間はゆっくりしてくださいね」
何だか運命の再会と呼ぶには余りにも味気ない物だったけれど、退院してから2ヶ月も経たずに俺たちは付き合い始めた。
「陽ちゃんさ、本当に仕事辞めちゃうの?」
「うん、それはもう辞めるしか無いと思う」
「でも、結果的に上手くいったんでしょ?倒れた時にしていた仕事」
「そうだね、上手くいった」
「それなら気にしなくてもいいと思うけどな」
「上手くいったからだよ」
「えっ?」
「俺がいなくても上手くいくって事を、俺がいなくても会社は回るって事を思い知らされたからね」
「あれ?それって」
「瑠美が言っていただろう?日山先輩1人くらい居なくても会社は潰れやしないから大丈夫、頑張っているのは先輩1人だけじゃないですよ!助け合うからこの世は回っているんです、もっと他人を信じなさいって」
「ああ、言った言った。陽ちゃんが余りにも自分が居なければ感出していたから」
「何かさ、それ聞いて目から鱗がポロッと落ちたんだよね」
「鱗なんてあったんだ」
「あったね、傲り高ぶりっていう鱗がびっしりと」
「あっそれは何となく分かるかも。俺様キャラ強かったもんね陽ちゃん」
「あれ?肯定された?」
「はい、そこはもうきっぱりと」
「まぁバレバレだったよな俺様感」
「バレバレだったねぇ」
「でも、スッキリした」
「鱗が落ちて?」
「うん、俺だけが頑張っているんじゃ無くて、人間みんな何かしらの荷物を背負いながら、それでも前を向いて頑張っているんだって気づけてさ」
「成長しちゃったね陽ちゃん」
「瑠美のお陰でね」
「えっ?何?聞こえなかったからもう一度言ってくれる?」
「聞こえている癖に〜」
「あっ、くすぐるのはやめて!ちょっと!」
病院で落ち込んで腐り切っていた俺に、辛抱強く話しかけてくれた瑠美。俺よりもっと辛い人達が沢山いる事をそれとなく教えてくれた瑠美。どんな人にも変わらぬ笑顔と厳しさで真摯に向き合ってくれた瑠美。ああ、俺の進むべき道は…
「俺さ、ボランティアに行ってこようと思う」
「どうしたの突然?」
「頑張っている人が沢山いるのなら、俺はその頑張っている人を応援したいと思うんだ」
「それは素晴らしい事だと思うけど」
「自己満足の偽善なのかも知れないけどさ、でも今の俺に必要なのはきっとそういう事だと思うんだ」
「ん?どういう事?」
「だからさ、瑠美が俺を元気にしてくれたみたいに、俺も誰かを元気にしてあげたいって事。そうじゃなきゃ、俺は瑠美につり合う男になれないだろ?」
「そんな事無いよ」
「あるのさ、少なくとも俺の中ではね」
「陽ちゃんが決めた事なら反対はしないけど、どのくらい行くつもり?」
「ん〜まぁ1ヶ月くらいかな?」
「そんなに!じゃあその間私は1人ぼっちですか?」
「寂しい?」
「…かも」
「知ってた?良くウサギは寂しいと死んじゃうって言うけど…」
「あああ、蘊蓄はいいから」
「じゃあこれは!」
「だから!くすぐるのはやめなさいって!」
たわいも無く戯れあって、同じ様に笑いあって、そして同じ様に涙して。そんな何気ない日常も君とだったら幸せに変えて行ける。そう信じさせてくれる人に出会えた喜び。
ありがとう。俺の進むべき道はきっと君と共にある。 end
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