副腎疲労と修学旅行(後編)~働き方とあなたの副腎の話~
前回の記事で、高校の教員として副腎疲労族が修学旅行を引率するってどんな感じなのかについて書きました。ほぼ恨みつらみみたいになってしまったけれど、思い返せば今となっては良い思い出です。
ネガティブな出来事の消化、昇華
この、「思い返せば今となっては良い思い出」って、消化と昇華の作業なんですよね。時間がかかるし、発想の転換や、執着の手放しでもある。苦しい作業ですが、そのあとに待っているのは穏やかな解放です。アップデートされた自分です。
以前の記事にも書きましたが、基本的に私の人生にどんなことが起こっても、最後は「愛あるコメディ」に仕上げることで救われるのです。「愛あるコメディ」として書く作業をすることで、私は私に起こった様々なネガティブな経験を消化できて、「まぁまぁおもろいやん」と、自分に起こる出来事を愛するようになれるし、様々な感情と折り合いをつけることができる。そう思っています。
人によって、消化できる作業の方法は違ってくると思います。書く人もいれば、運動する人もいれば、芸術作品を作る人もいるだろうし、なんでもいいのですが、大切なのは、ちゃんと消化することです。未消化はいけません。怒りを増幅したり、ため込んだりせず、その出来事を心の底から「ギフト」と思えるくらいポジティブなものに変換できると、途端に人生は昇華すると信じています。(ただ、副腎疲労族はまじめに向き合いすぎる傾向もあるので、ぼちぼち、ね。)
さて、前置きは長くなりましたが、今日書きたいのは「働き方」と「個体差」についてです。どちらも、副腎疲労を考えるうえで絶対に外せません。
副腎疲労族と働き方
副腎疲労を治したいと思ったとき、様々なアプローチの仕方があると思いますが、どれだけ良いものを食べても、どれだけ栄養を補っても、どれだけ休息しても、どれだけ自律神経整えても、根本的に「働き方」とそれに付随する「考え方」にテコ入れしなければ、あなたは「副腎疲労族」から脱却できません。(自戒の意味を込めて言っています)
前回の修学旅行の記事を書いていて、いまの自分に「もう一度この修学旅行の引率をしろ」と言われても、文字通り不可能だと思いましたし、それが当たり前だった自分からは完全にさようならしたいんだと気が付きました。なぜなら
「生徒の修学旅行の引率がしんどくてできない」からです。
修学旅行だけではありません。
週16コマの授業がしんどくてできなくなってきた。
学級担任がしんどくてつらい。
土日に子連れで出勤して部活動の指導をすることを、心の底からナンセンスだと思ってしまう。
私は、教師として何か欠けていたのでしょうか。生徒のことが一番に考えられない悪い教師だったのでしょうか。自分の身体が「しんどい」を認識するたびに、他の教師が当たり前にやっていることをできない自分は、教師として根本的に何かが欠損していると感じていました。
生徒のため < じぶんの身体
この思考にいつも行きついてしまう自分が、本当に情けないと思っていました。「しんどい」って、病名はつきません。熱が出るわけでも、歩けないわけでもありません。力を振り絞れば日常業務をこなすスイッチはちゃんと入るので、休む理由にはなりません。
実際、副腎疲労の諸症状が一番重かった時期、這うように出勤しても、職員室に入ると治るのです。職員室に入って治らないほどの日でも、50分授業をすれば治るのです。「スイッチさえ入れば動けるんだから、私の気持ちの問題だし、休みたいという私の意識は『さぼり』に他ならない」と思っていました。
Prioritize Yourself 自分自身を優先させなさい
教師を辞める決断をした後、教員最後の1年で学んだことがあります。その頃半年間の「ヘルスコーチング」というものを受けました。簡単に言うと、健康にイキイキ生活するための方やライフスタイルをカウンセリングしてもらうというものです。コーチは22歳の女子大生でした。彼女はアメリカでヘルスコーチの資格を取っていました。
彼女に半年間言われ続けたこと。それは、「prioritize yourself = 自分自身を優先させなさい」でした。これはとても難しいことでした。というのも、そうすることは、そもそも日本の教員の多くが共有している価値観(もしくは日本人の働き方の「当たり前」)の正反対とも言える考え方を基にしているからです。
でも、私はもう人生を変えたかった。「働き方」「考え方のくせ」にテコ入れすることを選びました。
・休みたかったら休む
・身体を最優先する
・やりたくないことをできるだけ先延ばしにする
(するとやらなくて済むことがある)
・困っていることは困っていると声に出す
こういったことを、日々重ねていきました。かつての私はこういう人を「仕事ができない人」と思っていました。こわw 私の場合、女子大生のコーチがいたから、2週間に一度彼女に「さきさん、それでいいのです」と言ってもらえたから変わることができたのだと思っています。
私には教師としての「仕事観」がありました。自分が教師として大切にしたかったことは、私のミトコンドリアでは実現できないことがわかったから、諦めたのです。手放したのです。
教師の仕事量の多さ、組織としてのまずさ、感情労働であること、そこは私にはどうにもなりません。
だから私は私を守るために、手放しました。
これを読んでいる人に伝えたいのは、私たちは全てを持てないのです。子供ができたら、20代の頃のように働けないのです。身体を壊したら、これまでのように働けないのです。
個体差
ここでもう一つ大きな救いのキーワードは「個体差」です。
前編に登場しましたが、ガタイの良い、おそらく肝機能も良い、おそらくミトコンドリアのエネルギー生産機能が高いであろう体育の先生と、同じ仕事ができないことは、当たり前なのですよね。
それを精神論で片付けられてしまったり、「できない人」扱いされることが大嫌いでした。
だけど、みんな顔が違うように、髪の質が違うように、長距離向きの人と短距離向の人がいるように、「バイオアイデンティティ」というものがあります。食べ物の消化力にも差があるし、栄養の吸収率や利用率にも差があるし、エネルギー生産率も個体によって違うのです。
だから、自分の好きなように、心地よい範囲で働くことを選んでください。心置きなく、「あの人と私は違うのよ。つくりが。」と思ってください。
迷惑をかけたら、感謝して、自分ができる時にできることをして恩を返したり送ったりすれば良いのです。
どうしても迷惑をかけることが許せない人は、迷惑をかけない環境を選べば良いのです。つまり仕事を辞めればいいのです。部署を変えればいいのです。
今日は、伝えたいことがありすぎて、熱くなりました。修造が憑依してました。でも、私の仕事は1人でも多くの人が自分らしく生き生き働くことを選択できるようキッカケづくりをすることだと思っています。
どうか、正しく届くべき人へ、届きますように。
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