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三が世界を救う 【掌編1000字】

 馬のいななきと共に地面に転がり落ちたのは、手傷を負った神の一柱。ここは駐屯地。戦略の一環として居残っていた火神アグニが慌てて同胞に駆けつけた。

「クベーラ! 大丈夫か!?」
「……ああ、なんとか」

 軍神は棍棒を打ち捨て、膝に手をついて立ち上がった。
「しかしインドラの結界が打ち破られてしまった。城が陥ちるのも時間の問題だ」

「……デーヴァ神軍の敗北、考えたくもない」
 アグニが吐いた泣き言を、クベーラが歯軋りで噛み砕こうとした。
「アイツらはいったい何をしているのだ? 3本の矢はまだ揃わないのか!!」
 仰いだ空の先に光明はない。しかしそこには微かな願いがあった。愛の使いが矢を揃え、神々を窮地から救ってくれると。

 アグニが掌を差し出して念じると、紫がかった炎が現れた。
「宵闇に〈千里眼の焔〉を浮かべてみよう。僅かな時間、アイツらの様子を映すことができよう」
「うむ──」

 古代インド、グプタ朝の首都パータリプトラ。ここに神託を受けて矢を捜しに来た神の一柱と、お供の者たちが滞在していた。

 円陣を組み、息を呑んで互いの顔を見合わせた。彼らの眼下に広がるのは10枡3列の遊戯盤。セネトと呼ばれるエジプト発祥の双六すごろくゲームで、陣地を利用し、敵を制しながらゴールを目指すものだ。『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』にも「運を左右するゲームギャンブル」として類似品の記録が残っている。

 愛の神の化身、アビルーパは意を決して賽子ダイスを振った!
「来いっ、来いっ!!」
 目を爛々と輝かせているのはダルドゥラカという名の商人ヴァイシャの息子。
「神さま神さま仏さま」
 手を組んで祈りを捧げているのは、春の神ヴァサンタ。

 賽の目は[3]を示した。

「アーーーーッ、負けたぁ! デーヴァ神軍の惨敗だ!!」
「悔しい〜! でも本当に罰当たりなゲームだよね。不謹慎な分だけボク燃えちゃうなぁ」
「もう帰ろうよ。無一文になっちゃうよ」

「で、これからどうするよ? 花街にでも繰り出すか!」
「花街はダメッ! 出店に素敵な装飾品が並んでたからそこに行こうよ。ねぇ、アビルーパ。僕に似合うのを選んでよ!」
「2人とも、お金は大事にしようよ」

「アビルーパ、そんなんじゃあ都会人シティ・ボーイにはなれねえぞ? 宵越しの銭は持たねえってな!」
「ねぇねぇ、早く出店に行こうよ〜、閉まっちゃうよ〜」
「あれ、ところで俺たち、なんで首都ここにいるんだったっけ?──」

──アグニの放つ焔はそこで掻き消えた。
「あの三馬鹿めが!!」
「神界は一体どうなってしまうのだ!?」

〈了〉

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