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秘密の誕生日 【掌編1000字】

 パーティー会場の喧騒を抜け出して、柳原頼仁よりひとは静謐な部屋に靴音を鳴らしていた。細長い部屋にずらりと並んだ飾り台の上にはそれぞれ高価な美術骨董品が据え置かれている。台も相当華美なもので、部屋が一面の白でなければ目がチラチラしてしまいそうだ。

 頼仁はその部屋を無意味に何往復もした。右の突き当たりと左の突き当たりにある像の間を。

 右には麒麟キリンの像。竜の顔に鹿の体、馬の蹄を持つ獣だ。泰平の世に現れる霊獣、吉祥の標として尊ばれてきた。像は新進気鋭の彫刻家が創ったものだ。鮮やかな色使いで前衛的な美を主張する像の値打ちは、ゼロが7つか8つ付くそうだ。……個人所蔵だ。

 左には饕餮トウテツをあしらえた青銅のかめ。饕餮とは家畜の体に猛獣の牙、そこに人の爪や顔を持つ合成獣だ。何もかもを喰らい尽くす魔獣と恐れられてきただけあって見た目はおぞましく、ここにある青銅器もとても美しいものとは言えない。紀元前12世紀頃のものと伝えられているが、真偽の程は定かではない。……これも個人所蔵だ。

 どちらの品も、いずれ家督を継ぐ彼の手に渡ることになる。睨み合う二体の霊獣の間にはどことなく火花が散っているようにも見えた。頼仁は小さくため息をつくと、その部屋を後にしてある場所へと向かった。

 庭や屋敷外を担当する使用人の男が、仕事を終えて離れの自室に戻ってきた。日に焼けた肌、目尻には笑わなくとも皺が刻まれている。彼は部屋のドアを開け《またか》と困り顔を浮かべた。
「誰にも見られていないでしょうね? 坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめろ」
「では、頼仁さま。」
 掃き溜めに鶴。頼仁が部屋に不相応な燕尾服の姿で、小汚い床に頬づえをして寝そべっている。
「また長い時間、ギャラリーをうろついていたそうですね。清掃の者が困ってましたよ」
「別に」
「しかし旦那さまも、知ってての嫌がらせですかね。麒麟と饕餮を対局に置くなど」
「〈あの人〉は何も知らないし、そんな機微が分かる人じゃないよ。美術品も値打ちと物珍しさで集めてるだけ。仕事一筋、他には目もくれない」
「……奥方様にも、ですか?」
「気になるなら自分で聞けばいいのに」
 頼仁の言葉を使用人は一笑であしらった。
「そういうわけにもいきますまい。顔を突き合わすなど、後にも先にも一度きりです」

 使用人が棚の下の方にある瓶を2本取り出して、栓抜きで1本ずつ開けていった。
「20歳の誕生日おめでとう。お前が吉祥のしるしだと、私は心の底から信じているよ」
 使用人と次期主人は酒瓶を交差して、密やかな音を鳴らした。


#掌編  #小説 #神話 #mymyth202207

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