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イニシエーション・サークル【掌編】


 部族の長の子、ポーと呼ばれる男が狩りで獲た小鹿を担いで帰ってきた。狩場の森と部族の居住区の間には雑草が踏みつぶされてできた一本道が通っており、この日も、その道を東から西へと帰ってきたのだ。居住区の広場には大小様々な石がでたらめに並べ置かれている。ポーはひとつの平たい石の上に獲物を置いてひと息ついた。

 この石の群れは、はじめは子どもたちの遊具として、部族の力持ちジーとリーが山から運び込んだものだった。子どもたちはそこに上り、寝そべり、跳び越え……遊びながら生きていくための体力を養った。彼らの成長に張り合うかのように、ジーとリーは、より大きい石を、より高い石をここへと運び続けた。

 部族はやがて、獲物を置く場として、肉を捌く場としても石が役に立つことを知った。石を組むことで物を吊るせるようにもなった。獲物を干すことで日持ちさせる術を学び、また亡くなった族民の軀を吊るした下で火を焚くことで遺体を永く保存させられることを知った。部族にとって石は生活に欠かせないものとなっていた。

 よく遊び、よく働く民の中で、うつけた青年がひとりだけいた。誰の子かも知れず、誰からも名を呼ばれていない男だ。石に寝そべっては天を仰ぎ、石に寄りかかっては雲の行方を眺め。役に立たないどころか皆の仕事の邪魔になっていたので、ポーは彼のことをよく思っていなかった。この日も青年が怠けているのを見て、ポーは虫を払うような仕草で訴えた。《どけ、そこは獲物の置き場だ》と。しかし青年は場所を変えてまた呆けるばかり。

 西の地平線へと陽が入る間際、青年は不意に立ち上がり、声を上げながら空と広場とを交互に何度も見やった。その大きな声も俊敏な動きも、かつて誰も見たことがないもので、ポーは目を丸くした。
 そして青年は肉を干すために使う乾燥した蔓を集めはじめ、端と端とを結って長いロープを作っていった。部族の民はみな困惑したが、彼の没頭するさまに気圧されて何も言わなかった。
 青年は夕餉も摂らず、みなが寝静まった後も作業を続けた。ポーは部族を守る使命感から彼の動向を見張ることにした。

 ロープがある程度長くなると、青年は広場の石の合間を幾度となく歩き回り、大地の或る場所を見定めて木の杭を打った。そこからロープを使い、四方八方へと距離を測りながら広場の周囲に円を描いていった。
 不可解な行動にポーは恐れをなした。呪術的な行為をやめさせようと青年の肩を掴もうとしたその時、突如として東の空が明るみ始めた。青年はひときわ大きな声を上げ、ポーの手を掴んで杭を打った場所へと駆け出した。何のことか分からずに戸惑うポー。

 2人で東の空を見やると、ちょうど朝日が顔を出すところだった。大小様々な石の合間をすり抜けて、杭と狩場への道の入り口を結んだ先に太陽がある。2人は光の直線に乗ることの歓喜を味わった。
 いつもうつけている青年が目一杯はしゃぐさまを見て、ポーの心も緩んだ。《お前は役には立たないが面白い奴かもしれない》と、青年のことを見直したのだった。

 それから日を空けずして、杭の場所と狩場への道の入り口には目印として巨石が置かれた。周囲の円が消えないように土塁と堀が刻まれた。その後も石は運ばれ積まれ続け、後にストーンヘンジと呼ばれる遺跡に発展したと伝えられた。


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