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空と大地と海の樹【寓話】

今年も絶賛開催中、神話創作文芸部ストーリア(旧note神話部)の夏祭り。
2024年夏のテーマは「神話×児童文学」です。
ここまで部員の皆さまが素晴らしい作品を発表してくださっています。

僕は久々の創作でした。汗
インドの民話から着想を得て、寓話っぽく仕上げてみました。どうぞお楽しみください!!

空と大地と海の樹

ゆるやかな丘からつづく、切り立った崖の手前に、一本の樹がありました。それほど太い幹ではありませんが、縦に高く横に広く枝を伸ばし、つややかな葉を年中、風にそよがせていたのです。
その美しい樹はふしぎなことに、とりどりの花、さまざまな実をつけるのでした。たとえばリンゴの花のそばに〈希望の花〉が開いたり、オレンジの奥に〈勇気〉がたわわに実ったり。一本の樹のはずなのに、本当にふしぎなことです。

樹のひみつを知っているのは、わずか三匹の動物たちだけでした。
さるとびと、かめです。
猿は、ボス猿とのケンカに負けて群れを飛び出した先で、この樹を見つけました。樹に登って、花を眺めたり実をかじったりしているうちに、ひとりでも生きていけそうな気がしたのでした。
鳶は、北へ渡る途中で猟師の流れ弾に当たって、偶然この樹に落ちたのでした。樹の不思議な力によって傷ついた翼は癒え、鳶はまた傷ついても大丈夫だと思うようになりました。

ある日、猿と鳶がかち合ってしまいました。
「ヤイアイアイ、よくばり鳶。この樹はぜんぶ俺のものだ。なんせ大地から生えてるんだからな」
「ピーヒョロロロロ、ごうよくな猿。この樹は僕のものですよ。なんせ空へと伸びてるのですから」
たがいに一歩も引きません。ついにはつかみ合い、つつき合いのケンカになりました。
猿は枝から枝へと飛びうつり、鳶は葉の間をすり抜けます。
そうしているうちに樹がはげしくゆれて、弾かれた花や実が崖の下へと転がっていきました。

「ム〜ム〜、ん〜? なんだ?」
落ちた〈愛の実〉のひとつが、崖下の浅瀬で昼寝をしていた亀のこうらにぶつかりました。年老いた亀です。どれくらいかというと、世界をお作りなさった神さまが、百回寝て、百回起きたくらいの歳月をこの亀は生きてきました。
だから動きもとてもゆっくりで、落ちてきた〈愛の実〉ひとつをかじって飲み込むまでに三日三晩もかかったほどです。

猿と鳶がケンカをするたびに、いろいろな花や実が崖へと落ちていきます。それでも亀はのろまなものですから、降ってきたものすべてを消費しきれません。それらがいくら美しくて豊かなものであろうと、亀はがっついたりしません。
大きくあくびをする亀を見下ろしながら、猿と鳶は面白くありませんでした。自分たちが散々欲しがって争っているものに、亀が大して目もくれないからです。

猿が眉間にしわを寄せて言いました。
「これは一時停戦だ」
鳶が答えました。
「ええ、これ以上、花や実を崖下に落としちゃなりませんね」
よく話し合って、木のうちで大地に近い半分を猿のものにして、空に近い半分を鳶のものにする取り決めをしました。
そうしてケンカをしなくなると、確かに花や実が落ちることはなくなりました。亀がさぞかし悔しがっているのではないかと、猿と鳶はにやにやしながら下を覗いてみましたが、亀は甲羅を天日に干しながら、呑気に昼寝をしているのでした。

亀のきもちがまったく分からない猿と鳶は、すっかり興醒めして、争うこともからかうこともやめました。「半分こ」した木になる花や実を、欲しい時に欲しいままに楽しむことにしました。

退屈な日々が続きました。
欲しいものは手に入りますが、
新しさが見当たりません。

猿は群れが恋しくなり、だんだんと独りでいるのが不安になってきました。
鳶は翼を弾で貫かれた時のような穴が、心にあいているのを感じました。

ゆううつさにため息をつきながら、猿と鳶は、久しぶりに崖下を覗いてみました。するとどうでしょう。亀は数ヶ月前に昼寝をしていた時と同じ姿でたたずんでいるではありませんか。いくらのろまとはいえ、異様な感じです。
猿が木に登って、マンゴーの実を放り投げてみました。果実は確かに甲羅に当たりましたが、亀はぴくりともしません。
鳶が崖下に降りて、亀の周りをぐるぐる飛んでみましたが、それでもまったく動きません。

どうやら、亀はいつのまにかその生涯を閉じていたようでした。長かった生よりも、ずっと長い眠りについていたのです。

死というものに身近に触れ、二匹は心底むなしくなってしまいました。
「どうして死んじまったんだろう。〈愛の実〉にあたったりでもしたんか?」
「いや、むしろ〈愛の実〉に満足しきってこの世に未練がなくなったのでは?」
不思議な樹も、空も大地も海も、誰も答えてくれません。太陽の、光の粒の流れが目に見えるほど、およそ死にふさわしくない日のことでした。

そして猿は群れへと帰っていきました。鳶は渡っていきました。

三匹の動物たちから取り残された木は、そのうちに不思議な花や実をつけることがなくなりました。
今はつややかな葉が風にさざめくばかりですが、波音とたわむれて、これはこれで楽しそうです。
神話の伝えるところでは、長命の亀は神の化身であるということをご存じでしょうか。
いつしか崖下の浅瀬には亀の甲羅だけが残されました。季節によっては潮高が上がって、波に少しだけ揺られるそうです。


《fin.》


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