鳴紫水の泉 【掌編1000字】
「うっわっ!」
感嘆の声が漏れた。草木を掻き分けた先に待ち受けていたのは、ぐるりと取り囲む水仙の群れ。白と黄で彩られた清廉な花輪。それを冠するのは、どこまでも透き通ってゆくような青の泉だ。
「本当にあったんだな」
避暑を兼ねて遊山に選んだ軽井沢。もう何度も足を運んでおり、観光ガイドに載る場所はほとんど履修済みだった。しかしこんなにも美しい地が隠されていたとは。
そのウェブサイトに行き着いたのは登山の直前、コース入口の茶屋でネットサーフィンの末にだった。都市伝説めいた秘境の情報を寄せ合う、いかにも胡散臭い掲示板。
ここまでならよくある穴場スポットの情報。問題はその先だった。
「〈見るな〉と言われて、見ないやつなんていないだろ」
汀に立って水面を覗き込む。泉水は完全なる透明度で側壁と深い淵とを顕にしていた。
「な〜んだ、俺、まだ心清らかだったんだな」
眉唾話に便乗して悦に浸ってみた。
「せっかくだから……」
スマホを取り出しパシャパシャとシャッターを切っていく。引きで一枚、角度を変えて一枚、水仙を並べて一枚、花越しの泉を一枚、そして水底が最も映える角度で一枚。
撮れた写真をせっせと加工する。色調にコントラストに細密度、手慣れたものだ。スマホで撮ったものとは思えない出来になった。
〈軽井沢の知られざる泉に水仙の咲き誇る〉
コメントをつけてSNSに投稿すると、アプリを閉じる間もなくファボがつき始めた。すぐに拡散され、10……50……100……200……普段の投稿からは考えられない数になった。
今や名所も絶景もたやすく画像検索できる。臨場感や空気なんてものも、これからはVRの技術発達によりますます実物の価値が下がっていくことだろう。
価値があるとしたら〈はやさ〉くらいだ。誰にも先んじて発掘しウェブに放出する。それだけで英雄になれる。
愉悦が抑えきれなくなってきて、吸い寄せられるように汀に手と膝をついた。
──っ!?
いつの間にか、水面が顔を映し出していた。静謐な泉にそぐわない卑しい顔がそこにあり、思わず目を逸らして唾を飲み込んだ。
そうか、あれは〈ナルシス〉の当て字だったのか。
── Fin. ──
今度こそお題企画に放出ですw
#mymyth202209
#掌編小説 #小説 #見るな
ご支援頂いたお気持ちの分、作品に昇華したいと思います!