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占いに行くの巻

屋外型ショッピングモールを歩きながら
「そろそろかな」と思った。

小さな野外ステージの横を過ぎる。風が吹き込んできて、身を切るような寒さにダウンジャケットの内に首を引っ込めた。宝くじ売り場を過ぎて右に曲がり、植木に挟まれた小道を歩くと、赤い屋根をかぶる小さな小屋にたどり着く。その小屋は木々によって巧みに隠されていた。派手な外観をしているのに、スーパーマーケットに続く表通りからも、裏手の駐車場からもよく見えない。周りを取り囲む木々はまばらなはずなのに。いつ見ても不思議な構造だと思う。

屋根と同じ赤色の木枠のドアには、中が見えるようにガラスの小窓が埋め込まれていた。そこから小屋の中を覗くと、手前側に女性の艶やかな黒髪が浮かび、奥には年配の女性が優しそうな笑みを浮かべて語りかけている表情が映る。
しまった、鑑定中だ。
タイミングが悪かったか。

僕は来た道を引き返し、その足でショッピングモール内の書店に入った。平積みの新刊や雑誌が目を引く。いつも思う。最近の本はどれも面白そうだ……いや、書店に足を運ぶときはいつだって最近だし、平積みの書籍はだいたいは最近もののはずだ。つまり僕はただ本が好きなだけなのだ。
のめり込まない程度に立ち読みをして時間を潰し、再び小屋へと向かった。同じように中を覗くと、先ほどの黒艶の髪は姿を消していた。どうやらご縁があったみたいだ。

3〜4年に1度くらいの頻度で占いに行きたくなる。普段は雑誌やテレビの占いに目を向けたりもしないし、高名な占い師やスピリチュアルカウンセラーの言葉を盲信したりもしない。
ただ「あれ、行きたいかも」とふと思ったときには、ためらいなくさっと立ち寄るようにしている。思いつきで行くものだから、同じところや同じ人のもとに行くわけではない。そんな偶然性も楽しむようにしている。

赤い屋根の小屋は占いの館。ショッピングモールのど真ん中に城を構えてかれこれ15年になる。長く続いているわけだからさぞ人気で儲かっているかと思いきや、いわゆるチェーン展開の占いサービスで、被雇用の開運コンサルタントが異動という形で入れ替わっている。
大丈夫。そんなことでありがたみがないなどと無粋なことを言ったりしない。

ドアを開けて小屋に入ると、老齢と呼ぶにはまだ早い鑑定師が振り返る。予約をしていないことを告げるが、全く問題にしない感じで椅子に座るように促してきた。上品で、かつ少女のような笑みが印象的な女性だった。
彼女は手相と誕生日を元に占う人だ。誕生日からの鑑定は四柱推命を元にしている。つまりかなり「一般的」な占いであった。逆に僕はこれ以外の占いに当たったことがない。タロットカードや水晶とか、少し興味はあるんだけどね。

ひと通り鑑定結果を聞く。言われることはいつも一緒だ。noteで僕の占い結果を披露してもしょうがないので割愛するが(笑)、性格や行動の傾向、得意不得意、人間関係、どれをとっても毎回同じことを言われる。バーナム効果(誰にでも当てはまるような一般的なことを改めて指摘されることによって納得してしまう現象)と呼ぶには、あまりに微細な部分で的を得ているように感じている。何より、これまで何度か鑑定を受けているにもかかわらず、毎回同じ指摘をされているという点で、世間に流布している鑑定の手技手法は質を担保されているのだろうと思う。彼女は自身の占いのことをただの「統計」と呼んだ。うん、きっとそうなんだろうと思う。「絶対」の存在しない世界に「確からしさ」や「傾向」を見出そうとする、それが統計だもの。

僕はだいたいの「選択」を、自分の価値観をもとに決定しながら生きてきた。もちろん学生時代は親や学校に縛られたし、仕事に就いてからは多くの行動を上司や顧客の意志に縛られてきた。
しかしそれらに「従うという選択」をしてきたことも、「従わないというカードを使わなかった」ことも、やはり自分の意志で選んできたと思う。30歳を過ぎてからは、選択の量においても質においても、自我の関与がさらに増してきている。
だから時々疲れてしまう。何でも自分が選択決定しなくてはならないことに。不安になるのではない、行き先を見失っているわけでもない。ただ時々少し疲れてしまうだけなのだ。「自分で決める」ということを手放したくなる。

そんな時、占いは優しい。ただ椅子に座っているだけで、赤の他人の人生や運命をビシバシと言い当て決めつけてくれるのだ。真剣に聞いたフリをして頷いているが、心の中では納得とは別の恍惚を感じている。「あぁ、もう好きにして」と。
被支配欲求を満たすもの。それが占いの一つの側面だろうと思う。全国の占い師さん、悪用しないでね。

占いの館から外に出た瞬間、僕は思った。
「これでまた、自分のことを自分で決められるぞ」と。
ほんの束の間の時間、星やら気の流れやらに身を委ね、自己責任の重みを下ろした僕の肩はだいぶ軽くなっていた。
寒空に向かう夜道を歩く。めずらしく肩で風を切ってみた。駐車場に停めた車に辿り着くまでの僅かな時間だけ。星たちが自分勝手に廻る下で、今日もまた自分勝手に生きていく。

ちなみに今後の運勢についても鑑定してもらったが、僕の性質以上に誰も興味のないことだと確信できるので、バッサリ割愛。
でもね……実はね……


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Karulaさん( https://www.photo-ac.com/profile/2356234 )による( https://www.photo-ac.com/ )からの写真

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