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瑠璃とまじない【掌編1000字】


「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」

「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」

茶目っ気たっぷりな声でリズミカルに歌う。
ルリという名の少女は、そうして街から街へと渡り歩いていた。
親の顔も知らず、他に監護者もなく、右に兎のゲッコーを、左には犬のニッコーを引き連れて。
その〈まじない〉の言葉は祖母がルリに教えたものだったが、彼女は物心つく前に天涯孤独の身となり、家族との縁はその言葉ひとつだけとなった。
そんな寂しい背景を知る由もなく、少女は明朗に歌い続けた。

「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」

「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」

不思議なことに全国各地で奇跡の噂が立ち上るようになった。彼女が立ち寄った街では、夜空が瑠璃色の輝きを放ち、その光が不治と言われた病人たちを癒したと。
そして、いつしかルリの目撃情報がSNSでバズり始めた。兎と犬と少女を組み合わせたフェイク画像が出回ったりもした。それらを見て、全国の余命宣言を受けた患者やその家族たちが引っ越しや転院を申し出るようになった。


──本州最東端、風車の立ち並ぶ海岸で、ルリは消波ブロックのひとつに登って水平線の弧を眺めていた。

「ルリ、もう行くのかい?」とゲッコー。
「ルリ、そんな慌てなくても」とニッコー。

ルリがうつむき加減で首を振ると、髪がいたいけに波と遊んだ。

「呼ばれてるの。行かなくっちゃ」

スカートが翻る。
ルリは東の海へと飛び出した。
月影を映した波が彼女の足裏を押し返す、押し返す、押し返す。

パチャン! パチャッ! パチャンッ!!

海上を軽やかに駆け抜けていく少女。
風になびく髪とスカート。
戯れながら追いかける兎と犬。
幾千もの飛沫が舞い、奇跡の夜は眩いばかりの瑠璃光の中へ。

ケンケンパッ!

ケンケンパッ!!

グリコ、チヨコレイト、パイナツプル!

グリコ、チヨコレイト、パイナツプル!!


イタイノイタイノトンデケ!

イタイノイタイノ ゼンブ トンデケ!!

オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ!

オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ!!


その〈まじない〉の言葉は、祖母が病床のルリに唱え続けたものだった。
ルリは無事に東方の国へと辿り着き、ややあって、そこで祖母と父母とも再会を果たした。


Fin.


薬師瑠璃光如来、日光菩薩、月光菩薩にインスピレーションを受けた創作です。

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ご支援頂いたお気持ちの分、作品に昇華したいと思います!