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神話詩「暁」

 「暁」

 藍色の空を塗り替える罪

 夜の女神に恨まれぬよう

 平穏な無の去り際を

 誰も惜しむことのないように

 わたしはわたしを祓うため 飾り立て

 世界の始まりに沐浴をする


 まず目を覚ましたのは深海のクジラ


 風が騒いで 遠く白波が沸き立つ

 くすぐられ はだけていく 白い衣

 繰り返される羞恥の染みに

 雪雲のパフを撫でつけられて

 逆上せた 息吹が漏れて広がり

 ほてりに踊らされていく躰

 布はついに落ち
   世界がひだを増していく

 あらわになっていく


 すべての少年たちの好奇

 少女たちの思慕と向き合い

 紅く 顕れる 紅く


 時はすぐそこまで来ていた

 歌が 太鼓の拍子が
   愛しい人の足音が……

 わたしは かの抱擁と消失を

   拒むことができない

(あなた方はいなくなることができない)

 流し目でおねだりした 僅かな時間を

 天理に背かないこともない
   意志の残り火で


 夜の裾からたなびく 静けさの残像に

 黄金の糸を通しましょう

 光芒の針先は駆ける

 今日という日のあなた方の衣服を

 ひと続きに仕立て 届けるところまで


 お別れの時間です

 すべての方角へ

 宝飾が砕け散る間際も

 千と万の抱擁をあなたに

 さあ そろそろ 朝を羽織って

 ──名残惜しいわ──


バラモン教の聖典『リグ・ヴェーダ』に登場する神々の多くは、自然現象の神格に抽象観念が結びついて賛美されます。インドラ/雷光/闘争/天地開闢、アグニ/火/祭火/諸神招請、などのようにです。

その中で暁紅の神ウシャスは少し変わった存在と言えそうです。数少ない女神の一柱であり、自然現象の純粋な神格化です。『リグ・ヴェーダ』の中に20編あまりある独立讃歌の中で、彼女は太陽にさきだって現れ、太陽神に抱かれて消滅することを繰り返すと描かれており、基礎となる自然現象が鮮明に意識されています。

その照射範囲は人々のみならず家畜らをも含む広いものでしたが、人間社会における観念との結びつきが弱かったせいか、ヴェーダの祭式の中で重要な位置を果たすことはなく、また仏教やヒンドゥー教に引き継がれることもありませんでした(摩利支天との関わりが指摘されていますが諸説あります)

神格化が純粋であることがそのまま神話の古層に位置するとは言えませんが、人間文化の事情に直接関わることなく繰り返される天理の比喩は、地域・時代を超えたより根源的でより普遍的な情緒を目覚めさせてくれそうに感じます。

ウシャスは夜の女神ラートリの妹であり、太陽神スーリヤの恋人・妻とされています。姉の守った夜の平和を引き継ぎ、恋人である太陽神に引き渡す。これだけで充分ロマンティックな筋書きなのですが、その短い命に美という美が尽くされ、半ば官能的な描写が随所に散りばめられます。ヴェーダ詩文の引き起こす恍惚はそのまま、ご来光を目の当たりにした時の恍惚へとトランジションしていくようです。

彫像が作られることは極めて少なく、書籍やネットで存在が確認できたのはたった2点(なんと!?)ある個人蔵の彫像は美しく艶かしく、いやかなりエロティックに描かれています。

【参考文献】
立川武蔵『ヒンドゥー神話の神々』せりか書房
辻直四郎訳『リグ・ヴェーダ讃歌』岩波文庫

#詩  #ポエム #神話 #mymyth #インド

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