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レンズ談義 その2 テッサー&ズマロン:レンズの運命

 国柄は、レンズに映されるのか。
 例えば、フランス製のレンズやカメラは、洗練されたエスプリを感じさせる、お洒落なものが多い。所謂「お仏蘭西(フランス)もの」である。ちょっとキザなところもあるにはあるが。
 ドイツ製のレンズは、素が武骨でありながらも、精悍で、厳格さを隠さない。「超・弩級・独逸」の粋を蒐めて……
 イギリス製のものは、機知に富んでいるが、何だか融通が利かなそうだ。英傑は、永訣の時を知る。
 ロシア製は、野暮ったいが、時に、写真を撮る、もう忘れてしまったかも知れないが、その驚きを存分に味合わせてくれる。大地、乾いた露面、忘れ去られた浪漫の匂いがする。
 アメリカ製は、畏れを知らず、ぐいぐいと対象に迫り、切り取ってくる。「オー・マイ・ゴッド」ちゃんの合掌、礼拝!
 日本製は、生真面目で面白みに欠けるが、よく写る(だけ?)。黄金の国、太陽の島、ジャパン・アズ・ナンバーワンてなことで、青息吐息、息切れ模様。
 皆、当てずっぽうで、信用ならないが、話としては面白い。それだけのこと。
 レンズを造るのは、レンズをこよなく愛する設計者たちであり、ひとりひとりのその愛の形が、この鏡の世界を現実のものとして描き出すのである。

 例えば、ドイツ
 ドイツは、北の国であり、短く冷たい夏、黒い森 Schwarzwald……
 そのレンズは、か細い光でも、曇り空でも、美しい色合いを出せるよう、精魂を込めて造られている。
 「もっと光を、Mehr Licht!」ドイツの詩人ゲーテは、陽光溢れる南国イタリアへの激しい憧憬を持っていた。
 それは、単なる願望というよりは、熱望、いや、おそらくは絶望の一歩手前で最も光り輝く渇望、祈りに最も近づいた魂の叫び(パッション)であったに違いない。
 晩年、老いさらばえた彼が、美しい少女に激しい恋情を抱いたのも、単なるロリコンであった可能性は無きにしも非ずだが、青春という過剰な熱量の塊を内に抱えていたからだろうか。
 作曲家のモーツアルトにも、イタリアとそれが生み出す音楽(オペラ)に対する強い憧れがあった。
 少年期にイタリアに旅し、その強烈な光と華麗な音楽(絵画、彫刻、建築…)に魅了された。
 そこから、彼自身の音楽が鳴り始めた、激しくも、少しも優雅さを失わないで、そう思う。

 ケース1 ツァイスのレンズ Tessar 50mm
 1902年、ツァイスの写真部長だったP.ルドルフが助手のE.ヴァンデルスレブと共同開発した光学の歴史を塗り替える画期的な3群4枚の新型レンズ テッサー50mmは、当初F6.3だったが、その後、ルドルフの後任者たちの行った改良により、最終的には、F2.8の明るいレンズとなった。
 レンズを明るくすることには、彼は必ずしも納得していなかった節があるが、W.W.メルテらの改良による恩恵を我々は遠慮無く享受している。
 ルドルフは、このレンズに関する権利を個人として持っていたため、莫大な財産を築いたが、第一次大戦後のスーパー・インフレで、その過半を失ったようだ。
 いずれにせよ、これらのエピソードは、このレンズの偉大さを物語るものではないか。
 富と名声を得て、栄華と優雅、洗練を極め、そして、失楽、失意、落魄の……
 偉大なるものとは、その悲劇性をいう。
 見事なまでのコントラストと発色だ。

 ケース2 ライカのレンズ Summaron 35mm
 ライカの広角レンズ ズマロン35mm F3.5(1956年 4群6枚構成のダブルガウス・タイプ Lマウント 後期型)は、その造りの良さ(8枚玉の銘玉ズミクロン35mm F2と同等レベルの仕上げとか。重厚かつ精密な造りで、無限遠ストッパーも付いているが、なによりも、レンズ自体が工芸品の凜とした風格を漂わせている)と描写の緻密さ、繊細さ(中心部の解像力に優れている、一方、周辺光量落ちが写真にドラマチックな味付けをする)で評価されている名レンズだが、一般的な知名度はそんなに高くない。
 残念ながら、広角ズミクロンの後塵を拝する恰好になっている。
 値段も、ライカにしては、リーズナブルで、お買い得の逸品だと思う。
ただ、最短撮影距離が1mとなっており、花などを接写することは、基本、できない。中間リングなどで当座を凌ぐしかないが、使い回しにやや手こずる、もどかしい。
 それでも、このレンズが切り撮った世界は、独特のものであり、他のレンズでは経験することのできない唯一性を持ったものである。
 実際に、撮影した画像を見ると、繊細さと柔らかさが同居している感じ!?、発色にも温もりを感じる……
 ドイツのレンズは、こんなにも貪欲に光を吸収するのか。

 冒頭の画像は、ズマロンの絞り開放、APS-Cで撮ったものです。柔らかい光に包まれ、美しい色彩のハーモニーに酔っています。

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