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恋愛事変 その3 ハンリュウ
第二篇 ハンリュウ
シンデレラと言えば、ハネムーンかエクスプレスしか思い付かない。
わたしって、お馬鹿さんなのか。
彼と出会ったのは、偶然の必然、それとも、必然の寓意、ともかくも神の意志、個人的な配慮というか、神慮というものを信じるのが一番無難なようだ。
スクランブルで信号待ちをしていたら、突然雨が降り出し、近くのコンビニに駆け込んだ。
韓流ドラマならそこでイケメン君とバッチン、とかなりそうなものだが。
ついでに、明日の朝食を用意しておくかと、適当なのを見繕って、レジで素敵な女子発見。
キラキラしている。ポニーテールが似合ってる。ほどけば、ふんわりと肩にかかりそう。
千円札のお釣りを受け取り、後ろ髪を曳かれる思いで、振り返らず。
明くる日も次の日も、彼女に会いたいだけで。
でも、会えるのは、二回に一度くらいか。
がっかりしたり、うきうきしたり、ドキドキの毎日。
三年目の会社も何だか無性に恋しくなったり、懐かしいような、どうかしてる、わたし。
とうとう、声をかけてしまった。
なんて言ったのか、自分でも思い出せない。
きっと、学生さんですか?とか、かな。
彼女は、絶妙な微笑みを浮かべて、ええ、そうです、と。何かに臆する風もなく。
明るい声質、快活さが好感度と正比例している。
だいぶ打ち解けたと思えた頃、カレシさんとかいます、ほんとは聞いちゃいけないのに。
いえ、わたし、結構モテないんで。
そんな奇跡があるのだろうか。重大な見落とし、それとも計り知れぬ神意かしら。
それからは、彼女の上がりの時間に合わせて、十一時前にコンビニに行った。
ほんの三十分ほどのデート?
ふたりで近くの夜の公園に行ったり、海岸近くまで歩いたり。
海の音を聞くと心が洗われるの。
とうとうキスをした。
星がなんだかギスギスしていたから。
なだめるように、そっと唇を重ねた。うれしかった。からだが震えた。歯が当たった。痛くなかった。暖かかった。とんでもなく優しかった。静かな凪の海のように。
一緒にいたい。でも、それは、難しいことのようだ。
「ぼくは、十二時までに帰らないといけないのです。母がひどく心配するので」
彼は、十代の頃から、母親の世話をしているという。
最終のヘルパーさんが帰るまでに、今日の引き継ぎをするのだそうだ。
「それじゃ、おやすみなさい」
「今日も来てくれてありがとう。おやすみ」
軽い抱擁と朝の小鳥のようなキス。
突然、彼女がいなくなった。
あれから、半年近く、彼女はコンビニに現れない。
スクランブルの向こう側に、彼女はいて、信号が変われば、きっとわたしの方に向かって……
それは幻想みたいなものだと思う。
きっと、お母さんの具合が悪くなって、とか、考えてしまう。
とうとう、聞いてみた。店をやめた、とのことだった。
シンデレラは、二度現れない。
ジンクスのように、その言葉がわたしの心に黒い錘(おもり)を落とした。
シンデレラのいない世界は、元のままの灰色の世界に戻った。
君を探すガラスの靴さえ見つけられずに、いったい、わたしはどうすればいいんだろう。
誰も答えてくれない。
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