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適当な好きも、それはそれでいい


人の記憶は ”声” から忘れ、最後まで残るのは ”匂い” だと聞いたことがある。

まだ5月が始まって間もないというのに、夏のように暑い日が続いている。
23時、アイスを買いに近くのコンビニに向かった。
部屋にいる時も窓を開けていたのに、外に出ると部屋とは違う特有の匂いがする。
春と夏の間の、少し冷たくて植物や土の匂いが混ざったような、何とも言えない空気。
季節の変わり目のこんな空気の時は、いつもよりゆっくり、耳をすませながら歩くようにしている。
ちょっとした夜の散歩が、結構好きだ。

コンビニまでの3分程の道のりで、2組のカップルとすれ違った。
彼らも暑さを和らげに来たのだろうか。
思わず「いいなあ…」と呟いた。
恋人がいることが羨ましいというのもそうだけど、好きなものを共有できる存在に、いいなと思った。
同じ道を、昔付き合っていた彼と一緒に歩いたことを思い出してしまった。
きっと、私の中に残っていた記憶が、季節の匂いにつられて出てきたのだ。
コンビニに着いて、店内をぐるりとまわりながら飲み物やスイーツをカゴに入れていく。
たくさんの種類の中から迷わず手に取るビールの銘柄も、お気に入りの辛いスープも、そういえば全部彼の好きなものだった。
私の好きはなんて適当なんだろうと思った。
ビールの銘柄にいつものなんて無かったし、辛い物は苦手だったのに。

背が高くて、優しくて、面白くて、一生懸命努力できるかっこいい人だった。
とても好きだった。
だけど隣を歩くときにどれくらい見上げていたか、どんな話題で笑っていたか思い出せない。
どんな声だったかも、もう思い出せなかった。
そんなに遠い過去の出来事ではないのに。
匂いにつられて思い出さなくなった時、私の中の彼の記憶は完全に消えてしまうのだろう。
もしそうだとしても、そうなるまでの間に適当な好きが当たり前になって、生活の一部になったらいいなと思う。
だからまたいつか、自分の好きも、相手の好きも共有できるような存在ができたら嬉しい。

私が共有した好きは、何か1つくらい彼の当たり前になっただろうか。
これといって何も思い付かないが、それもきっと忘れてしまったのだろう。

#エッセイ #日記 #日常 #れもんさわあ

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