アラフォーのＴ君を考える

今から20年以上も前の話である。
私はいわゆる新興住宅地に住んでおり、開校して数年しかたっていない真新しい小学校に通っていた。1学年あたりの児童数は130人ほどで、当時市内では一番大きい小学校だった。

隣のクラスにＴ君という少年がいた。Ｔ君は足が速く、スポーツが得意でサッカー部のエース、いつもみんなの中心人物だった。運動会では何をやっても1位になり、市内の陸上大会でも必然的に学校代表に選ばれる。本業？のサッカーの方でも試合があるたびに優勝や準優勝をして表彰され、Ｔ君が率いるサッカー部はいつの間にか優勝常連チームにまでなっていた。

ただ、今にして思えばＴ君のプレーは独善的で、いわゆるワガママな選手だった。人気者とはいいつつも彼はどちらかと言うと支配者だった。強さと勝気さで周囲を圧倒し、誰も彼に逆らえないような雰囲気を作っていた。私はサッカーには全く詳しくないし当時試合を観戦したこともないが、日常生活の様子から見てもＴ君とその取り巻き達が徐々に周囲を支配する雰囲気は伝わっていた。

それでも大きな問題が起きることなく済んでいたのは学級担任のＳ先生という男性教員がいたからだ。Ｓ先生はサッカー部の顧問でもあった。Ｔ君とその取り巻きとＳ先生がともに過ごす時間は長く、信頼関係が構築されていた。私はＳ先生と直接関わることはなかったが、贔屓するとか見て見ぬふりをするとかはなく、元気で明るくて子供達からも人気のある教員だった。もしサッカー部の顧問がＳ先生でなかったら、そしてＴ君の担任が別の先生だったら、Ｔ君とその取り巻きによるいじめや問題行為が起きていても不思議ではなかった。

そして案の定、Ｔ君は中学生になるとあっという間に変わってしまった。中1から学校内でタバコを吸ったり、先輩と一緒に暴れまわったりしていた。当時その中学校は異常に荒れており、校舎内でスケボーや自転車に乗っている不良を見かけた。（屋外でなく屋内ですよ！）

あんなにサッカーで活躍していたＴ君は、部に所属することもなくひたすら毎日暴れ回っていた。私のように毎日を普通に過ごしたい人間にとっては迷惑でしかなかったし、何が楽しくて（あるいは何が気に食わなくて）そんなに暴れまわっているのか不思議だった。その有り余ったパワーをサッカーに向ければいいのに、と遠目に見ていたことを思い出す。

どんな不良でも中３になると少し落ち着いてくる。そう、高校受験があるからだ。さすがの彼らも「中卒で世間を生き抜くのは厳しい」という現実はうっすらわかっているようで、だいたい中3になると突然普通に授業に出るようになるのだ。ただＴ君は違っていた。彼は相変わらず学校を破壊し、大声を出し、教員に指導される日々を送っていました。しかしだんだんと取り巻きも自分の進路を考えたのか離れていき、単独行動での姿をよく見るようになった。また早くからタバコを吸った影響なのか体格も周囲に比べて小さく、うっすら悲壮感すら感じるようになってきた。

高校受験が終わり、中学の卒業式が終わり、家が近いという理由だけで同じ学校に集められた我々も遂にそれぞれの道に進み始めた。誰々は進学校の○○高校に決まったとか、あの人はスポーツ推薦で△△高校に行ったらしいなどの風の便りが飛び交う中、Ｔ君については何の情報も回ってこなかった。取り巻きだった連中はスレスレで私立高校に受かったり、定時制高校に行くらしいという噂も聞いたりした。ただＴ君についてはそんな話はもちろん、そもそも受験をしたのかどうかすら不明だった。

もし彼があのままサッカーを続けていたらあの有名な青森山田高校なんかにスカウトされて、柴崎岳選手のようなプレイヤーになり、真野恵里菜のような人と人生を歩んでいたかもしれない。あるいは逆に挫折してサッカーから離れ、多少ヤンチャでも高校ライフを楽しんでいたかもしれない。
一度SNSで彼の名前を検索してみたが、何の情報も出なかった。同級生のヤンチャ系の仲間の楽しそうな報告は見かけたことはあるが、Ｔ君本人の写真はおろか名前すらも上がってこなかった。ただSNSをやっていないだけかもしれないが、当時のＴ君を思えばこういう仲間と飲んだり集まったりしていそうなものだ。

Ｔ君が無事に生きていたらアラフォー、もう十分に大人である。Ｔ君が仕事をしたり、家庭を持ったり、選挙に行ったりしている姿は正直想像できない。楽しく生きているのならそれはそれでいい。しかし正直にいうと、せいぜい苦労していればいいと冷ややかに考えてしまう。中学のとき、直接何かされたことはないが、怖かったし騒がしかったし勉強の邪魔だった。かつてヤンチャしていた人が大人になって更生して今は立派な社会人ですというのがあるが、いつもあれを苦々しく思う。彼らのせいで日常を邪魔された人間がそこかしこにいるのだ。彼らはそれにいつか気がつくのだろうか？

SNS断ちをして同級生の情報はもう耳に入ってこない。もちろん直接彼らと関わることなどない。アラフォーの今、あのときの自分を少しくらい後悔してくれているといいなと思う。どうか美談にせず、反面教師となってＴ君になりうる誰かを一人でもいいから止めてほしい。