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海に行った日

 厚底のサンダルを履いて海辺に行った。そうしたら、海に入るつもりなんてなかったのに気づくとサンダルを履いたまま足を海水に浸していた。毎度のことである。今日は海に行くけれど海には入らないし、と思っていても、思っているだけで、体は吸い寄せられるように波に向かって行く。


 一昨年買ったSLYの真っ黒な厚底のサンダル。気に入っていて、もう留め具のところが緩くなっているけれど今年の夏も何度も履いた。お気に入りのサンダルは海水を吸っていつもより重たくなっている。一歩踏み出すたびに海が滲み出て、じっとりの足の裏を濡らす。ぬるぬると滑ってそれは大層気持ち悪かった。


 海に行った日から二週間ぶりにサンダルを履いた。素足を差し入れると足の裏がざらついて、さっと引っ込める。中に手を入れて払うと、砂がぱらぱらと狭い玄関に散った。焦茶色の玄関の床に溢れた砂の粒を見て、無性に海に行った日のことが恋しくなった。顔を近づけてサンダルの臭いを嗅いでも潮の匂いなんてしなくて、私は濡れティッシュで丁寧にサンダルの中を拭いてから、それを履いて玄関を出た。

 マンションの廊下に出て顔を上げると、雲一つ無い晴れ渡った秋の空が広がっていた。

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