【小説】幽霊探しのそのさきは 下
翌日、僕たちは夜の公園に来ていた。
「何で今日は公園なの?」
この公園は、一度幽霊探しに訪れていた場所だった。今まで同じ場所を探したことはない。けれど今回ここを選んだということは、何かしらの進展があったのかもしれないと思った。
「ここね、実は穴場スポットなんだよ」
「幽霊の?」
「違うよ、花火の」
「花火?」
「今日、花火大会があるんだって。その花火がね、木と建物の間から見えるらしいんだよね」
想定していなかった回答に、僕は少し驚く。彼女と花火大会はあまり縁がなく、今までに二人で見に行ったことなど一度もなかった。
だからあまり関心はなく、今日が花火大会の日であることも知らなかった。
一度、手持ち花火のセットを指差して、やろうかと彼女に聞いたことがある。だが彼女は、ちらっと見ただけで興味がなさそうにやらないと断っていたから、花火にはあまり関心がないのだと思っていた。
しかし本当は興味があったのだろうか。
でも今は、それは問題ではない。幽霊は結局どうなったのだろうか。
「じゃあ今日は幽霊はいいの?」
敷地内の大きな木と、その先にあるアパートの隙間の方を向いて指差していた彼女が、不意にこちらを向く。
顔には笑顔を浮かべ、ぼんやりとした月灯りに照らされて、白い肌は内側から光を放つようでより一層際立ち、瞳は熱を持って輝いていた。
「ねぇ、私と初めて会った日のこと覚えてる?」
そして質問に質問で返される。また始まったと僕は思った。
彼女は、正解が分かっている時にしか質問をしてこない。だから彼女の中では、僕の回答は既に分かっている。
「覚えてるよ」
それでも、僕は彼女が望む通りに答えを返す。予想通りの答えに、彼女は嬉しそうに笑う。
忘れるはずもない。僕が彼女に出会ったのは、こんな夜までうんざりするような暑さを覚える夏ではなかった。夜になるとひんやりと寒くなる、秋だった。
丁度この公園で、彼女と出会った。
光の殺人鬼たちにも殺られない、追うような影がない、決して触ることの出来ない、幽霊である彼女と。
それから僕は、幽霊であるはずなのに、肉体を持った人よりも生き生きと輝き、全てを焼き尽くしてしまいそうなほど感情の熱を持った、彼女に取り憑かれている。
「それと、今回の幽霊探しが何か関係あるの?」
「うーん、あると言えばあるし、ないと言えばないかな」
幽霊である彼女は、曖昧に言って首を傾げる。そして感情が渦巻く強い瞳で、僕を見た。その瞳に、空を忌々しく見上げていたあの時の姿が重なる。けれどその瞳にあるのは、あの時とは違い、忌々しいものではなかった。
「この場所で、私を見つけてくれたでしょ。それも偶然。だから証明しようと思ったの」
あの時とは違い、小さな子どもではない、僕と同じ年頃の女の子に成長した彼女が言う。
「何を?」
「私以外の幽霊を見ることは出来ないことを」
あの時とは違い、水色の半袖のシャツと灰色の短ズボン姿ではない、僕と同じ学校の指定のセーラー服を着た彼女が言う。
「それで、出来たの?」
「勿論、出来たよ」
あの時とは違い、負の感情ではない、歓喜に満ちた瞳で彼女は言う。
だが彼女には、僕が彼女以外の幽霊を見ることは出来ないことなど、おそらく最初から分かっていたはずだ。
そうでなければ、提案などしてこなかっただろう。彼女は、ある程度の確証がない限り、提案をしてこない。
そもそも彼女は幽霊なのだから、他の幽霊が見えてもおかしくはない。探す素振りを見せていた時も、何度か遭遇していたはずだ。
それでも探すものだから、彼女は何か特別な幽霊との遭遇を待っているのかとも思った。
けれど、答えはもっと単純なものだった。
「何で突然そんなこと証明したかったの?」
単純故に、疑問が沸く。十年近くも一緒にいて、僕はこれまで一度も彼女以外の幽霊と遭遇したことはない。見ることはおろか、落ち着かないような何かを感じたこともなかった。彼女もそれは充分理解していたはずだ。
僕の純粋な疑問に、彼女はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに笑う。僕は何だか嫌な予感がした。
「私以外の幽霊は見えないよって、分からせるためだよ。他の幽霊に興味を持っても無駄だよって」
やはり。彼女の回答は、なんとも呆れたものだった。彼女は妙に満足気だが、僕は反応に困ってってしまう。嫌な予感というものは、得てして当たるものだ。
彼女は、たまにこういう無駄なことをしたがる。
この先、他の幽霊が見えても見えなくとも、僕が他の幽霊に興味を持つことはないというのに。
つまりは、幾度となく光の殺人鬼に易々と自身を差し出さずとも良かったということだ。何度も刺さされることもなく、文明の利器から生み出された快適さを享受し続け、暑い夏を乗り越えても良かったということ。
理由が証明なら、最初の段階でもう少し追求しておけば良かった。彼女のことだから、追求したとて上手くはぐらかすだろうが。それでも、やらなくて済む道があったかもしれないと思うと少し悔やまれる。
そもそも僕が彼女を好きなのは、幽霊だからという理由ではないのに。
「それで、何が決定打になったの?」
彼女の一連の無駄な行為に対して、少し言及したい気持ちもあった。でも、彼女と過ごした幽霊探しの日々には別に文句はなく、また数分前に向けられた瞳を思い出し、得るものはあったかもしないという気持ちもあった。
そこで気になるのが、終止符を打ったものが何であったかということだった。見える証明というのは出来ても、見えない証明となるとなかなかに難しい。特に見えない僕には、何が彼女の中で決定打になったのか分からない。
「あー、決定打ね。決定打はね、彼だよ」
「彼?」
「そうそう。ほら、昨日会った、真っ黒に日焼けした人。友達、なんだっけ?」
「え、彼が?どうして?」
突然の友人の登場に、僕は驚く。彼女は頷き、何かを思い出しているのか、子どものような無邪気な笑顔を見せた。
「彼、有り得ないくらい幽霊をくっつけてたんだよね。もうね、周りの景色を消すくらい」
僕は一瞬、耳を疑った。彼女が嘘を言っていないことは分かっているのに、信じられない思いがした。
光の権化のような彼が、幽霊など一人足りとも寄せ付けない踏み込ませなそうな彼が、大量の幽霊と共にいるとは、到底想像出来なかった。
「だからね、終わりにしようと思ったの。これが見えないのなら、何も感じないのなら、見えるはずがないって充分証明になったから」
「なるほど……。だからあの時、彼をあんなに見てたのか」
彼女が誰かに興味を持つなど珍しいと思ったが、それなら頷ける。彼女は彼の芸術的な背中ではなく、その背中にしがみつき芸術を歪ませる幽霊たちを見ていたのだ。
「そうだよ。だから、浮気じゃないよ」
思わず、体が硬直する。掘り返されるとは思ってもみなかったことに、一瞬思考が停止した。暑さからでなく、内側からくる熱が僕をじわじわと襲う。
「分かってるよ」
暗くて、僕の顔が見えづらいことだけが幸だった。けれど、彼女には分かってしまっているかもしれない。彼女は暗くても光を持つ白い顔に、笑みを浮かべている。本当に、勘弁して欲しい。
ぱん。
その時、不意に何処からか弾けるような音がした。
「あ、花火」
音を追い、彼女が歓声の声を上げる。僕も音に導かれるように、さっき彼女が指差した木とアパートの間を見れば、そこには大きな花が咲いていた。
花火に助けられたことに、内心で安堵する。見事に彼女の気が逸れる。
そして一輪を合図に、次から次へと打ち上がり、咲いていく。
「でも欠けてるね」
「欠けてるね」
けれど、間から見える花火はどれも中途半端で、一つとして全貌を捉えられるようなものはなかった。
穴場とはいえ、誰も人がいないと思っていたが、理由があったようだ。
「でも綺麗」
それでも彼女は満足そうで、僕たちはベンチに座り、放出し続ける花火を眺める。
彼女が満足ならそれでいいかと僕は思った。
彼女が幽霊である故に、あまり人混みがあるところにはいけない。だから中途半端といえど、人の気配がない場所で見れるのは、僕たちにとっては最高の穴場なのかもしれない。
来年もまた、彼女と見ようと決意する。
彼女はあの時とは違い、もう空を忌々しく見ることはない。今も、喜びに満ちた目で眺めている。ただ変わらないのは、あの時も今も生き生きとした、もう死んでいはずなのに、生命に満ちた目で空を見ていることだ。
彼女が僕のことを、生きているのに生の匂いがしないところが好き、と言うのに対して、僕は感情の溢れた熱のような瞳を持つ彼女だからこそ、好きになったのだった。幽霊や人は関係ない。
だからこれから先、他の幽霊が見えようと見えまいと、どちらでも良かった。
見えているのは、彼女だけでいい。
幽霊は、彼女だけで充分だ。
僕はあの時からずっと、彼女に囚われているのだから。
(終)
ようやく書き上げられた。
改めて自分には小説を書くなどむいていないと思わされた。
他の皆様本当に凄い。
あまりにも拙い文と稚拙な内容だったが、少しでも楽しんでもらえたのなら良いのだけれど…。
このような駄文を、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
ではでは。
創作解説↓
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