【HEART Global】忘れたくないこと。

この週末、僕はHEART Globalのミュージックアウトリーチに参加している。

ここでの経験で、忘れたくないことを備忘録として書き留めておこうと思う。

初日、コーラスの演目の練習があった。男女でパートを分け、それぞれに練習する。
FtMの僕は、男に見られているのか女に見られているのかわからないまま、男子パートの低い声もきっと出ないし、と自らに言い聞かせ、女子パートの練習に参加した。
輪から少し外れて、キャストの声は届かない。しかし、聞こうとも思えなかった。女子として歌うための練習をする気になれなかった。
僕は、周りが笑顔で歌う中、一人立ち竦んでいた。
その時、一人のキャストがこちらに近づいてきた。ここではMさんと呼ぼうと思う。
「歌うの嫌だ?」「大丈夫?」と問いかける。言葉が詰まってうまく答えられなかった。
そんな僕を見て察したのだろう。
Mさんは、「チーム変わりたかったりしたら、いつでも言ってね」と言った。
それを聞いてひどく安心してしまった。
何度目かの「大丈夫?」に、「大丈夫じゃないです」と答えると、舞台袖に引っ張っていって、話を聞いてくれた。

「どうしたの?」
「あそこで、歌いたくないです」
「うん、どこで歌いたい?」
「……男の子と一緒に歌いたいです」
「うん!いいよ!そうしよう!そのほうが絶対いいと思う!」

そう言って、男子のパートに連れて行ってくれた。
そこを担当していたキャストも、当然のようにそれを受け入れて、練習の最後にはグータッチをしてくれた。

休憩に入るタイミングで、Mさんがまた声をかけてくれた。
「わかりやすいために『男の子』『女の子』って言葉を使うけど、誰がどっちに行ったかなんて気にしないから、好きなところに行っていいんだよ」と。
救い出してもらったあの瞬間から、Mさんは僕のヒーローになった。

そして二日目の今日。
はじめの方で練習した、スポーツの演目。
男子たちが担当していた、五輪のフープを持つ役割に手招きしてくれたのは、コーラスで男子パートを担当していたキャストだった。
数少ない男子たちが皆五輪の輪を手にしているのに、自分だけ女子たちの隣にぼーっと佇んでいることに胸の痛みを覚えていた僕。羨望の眼差しで彼らを見ていたとき、「あ、君、こっちだよ、おいで」と言わんばかりに手招きされて、どんなに嬉しかったか知れない。
そのおかげで、その後男子たちとの距離もぐっと縮まり、話しやすくなった。練習の終わりには互いにハイタッチをするまでになった。

そして、何よりも特別な、ライオンキングの演目。
はじめはキャストたちがお手本となるショーを見せてくれた。
魂を削るようなダンスと歌。
中には演じながら涙を流すキャストも複数いた。Mさんもその一人だった。
自分たちがその演目を練習する段になって、好きなキャストのところへ行ってそれぞれにダンスを習うよう言われると、僕は迷わずマイヒーロー、Mさんのところへ行った。

ダンスを練習するにあたって、Mさんはこのように語った。
「このダンスには、物語がある。今みんなと歌ったり踊ったりできていることは嬉しいけど、人生には肯定されなかったり、壁にぶつかることもある。そういうみんなの物語を表現してほしい」と。
僕に向かって言っているんじゃないかと思った。僕が僕であることは、想像以上に難しい。僕は僕でありたいんだと、全身で表現しようと思った。無情な世界に立ち向かっていくエネルギーを見せつけてやろうと思った。
それが、Mさんが僕にくれた勇気だった。

その後にライオンキングの中で歌う歌を習った。

He lives in you
He lives in me
He watches over
Everything we see
Into the water
Into the truth

大切な人のことを思って歌って、と言われた。朝起きる理由になる人。一緒に生きたい人。家族でも、友達でも、きょうだいでもいい、と。
そんなの、ただ一人だ。
姉さん。
僕が生まれる前に死んでしまった、最愛の人。

この演目は、僕にとっては、「僕」と「姉さん」の物語だ。姉さんが姉さんとして、たしかにこの世界に生きていたこと。僕が僕として生きていること。共に、生きていくこと。そういう物語。
誰にも理解されなくても、俺は俺らしく、姉さんにあずかった命を、姉さんと向き合って生きていく。
そんな力強さを、歌で、ダンスで、表現する。命を削るように。

Mさんがくれた自己開放と自己理解のチャンスをしっかと掴んで、僕は次のステージに進む。
明日は、そのためのショーだ。



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