ポピーの花とナポリタン

「桜は、好きな花の香りってある? やっぱり、桜の香りとか?」

 クラスメイト。いつものメンバー三人の内の一人、菜々美が私に問う。

 私の名前が横塚サクラということがあってそう言っているのだろう。なんて安易。


「違うよ」

「じゃぁ、何が好きなの?」

「ポピー」

「ぇ? ポピー? 桜、私達の話しを聞いてた? 好きな花の話しじゃなくて、好きな花の香りの話しだよ⁈」

「うん。聞いていたし、ポピーは香りのない花だと言われていることも知ってるよ」

 大袈裟なほどに驚く菜々美とは対照的に、私は冷静に答える。


「なら、どうして?」

「皆にはなくても、私にはポピーの香りがあるから」

「……どういうこと?」

「私にとって、ポピーの香りは美味しいナポリタンの香りなの。だから、ナポリタンの香りを嗅ぐたび、ポピーが食卓に飾られていた思い出が甦るんだよ」

「……ごめん。ちょっと、意味が分からない」

 菜々美は私の言っている意味が分からないと、苦笑いを浮かべる。こういう時はいつも思う。分からないのではなく、分かろうとしていないだけで、心底興味がないという証拠なのではないだろうか……と。まぁ、深入りされ過ぎても嫌だからいいのだけど。


「私が分かっていれば良いんだよ~。私の思い出と、私が思うポピーの香りだから」

「……そう。やっぱり、桜って少し変わってるよね」

「ありがとう」

「ぇ? 褒め言葉として受け取れるんだ」

 私の微笑みに菜々美が目を丸くする。


「もちろん。この世は個の時代だと言われてるからね。変わっている=個性的=自分の色を持っている=褒め言葉じゃん」

「いい方程式だこと」

「貸したげるよ?」

「いらない。私、自分に突出した個性を持ちたくない人だから」

「残念」

 首を竦めて残念がった私は、クラスメイトに別れを告げ、お花屋さんでポピーを買ってから帰宅した。




 夕方五時半過ぎ。

 私は一人、ナポリタンを少量作り、花瓶に入れたポピーの花と共に自室に戻った。


 父と母の帰宅時間は七時。それまでの腹ごしらえも兼ねているが、今日は少し違う。

 本来ならダイニングテーブルで食べたい所だが、今日はそれが出来ない。


 私の両親は離婚している。大好きな母とは小学生の時に離れ離れとなってしまったが、幾度かあったことはある。だが、父が再婚してからは会いにくくなってしまった。義母はとても優しくていい人ではあるし、父がずっと独りで生きて孤独死するよりも良いとは思っているが、やはり複雑だ。


 折り畳みテーブルの真ん中にポピーの花を置き、自分の前に色違いのクマのぬいぐるみを置いた。私はその子たちと向き合うように座り、ナポリタンを私の前だけに置く。



 今日は、父の誕生日。

 まだ両親が仲良しだった頃の話だ。毎年父の誕生日には、ダイニングテーブルの中央にポピーの花が飾られ、料理が苦手な母が唯一得意だと言うナポリタンがあった。


 母曰く、ポピーの花は香りがないから料理の邪魔をすることなく、食卓を華やかにしてくれるからいいらしい。

 確かに、食卓にはポピーの花の匂いではなく、ナポリタンの香りがあった。


 私はこの日だけ、ポピーの花に滲むナポリタンの香りに包まれた大切な思い出を甦らしている。


 こうして私はまた、二度と戻らぬ穏やかで懐かしい日々と、両親の笑顔を思い出しながら、隠し味に醤油の入ったナポリタンを味わうのだった──。

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