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星降る森に住む或る鳥の話 2

しくしくと泣く女神ルーナにナナシは激しい高揚感を抱いた。鼓動がどくどくと跳ね、世界中の全てが美しく思えた。そしてこの一等美しい生き物の涙を拭い、笑って欲しいと思った。泣いていてもこんなにも美しいのだ。笑った顔はいかほどであろうか。そう思いながら、ナナシは嘴で咥えた星の欠片がいつぱいの籠を取り落とし、ふらふらと近づいて行った。この美しい人の周りは、しかして一羽も梟がいなかつた。女神が地に降りてきただけでも異常事態であるのに、その女神が泣いているのだ。梟達は何が起きたのかもどうしたらよいのかもなんと声をかけたらよいのかもなにもかもが分からず、女神を遠巻きに見つめていた。そう。この森に住む普通の梟であれば女神は毎日目にする存在であったが故に強烈なまでの美しさに耐性があったし、それと同時に頭を垂れる存在であることも理解していた。ナナシのようにふらふらと近づくだなんて考えもしないことであつたのだ。

ふらふらと女神に近づくナナシを見つめていたマリヤは気づいた。気づいてしまつた。己が目にかけていた可哀想で可愛い1羽の梟が今この瞬間、高貴なお方に恋に落ちたといふ事実に。そして当の本人は情緒が育ち切つていない故にそれが恋だと気づいて居らぬこともまた、見抜いてしまつた。嗚呼良かつた。相手が女神であれば結ばれることは叶わぬ。愛しい愛しいナナシの初恋は彼女がそうと気づく前に破れるであろう。そう思つて、そんなことが頭に思い浮かんだ己の醜悪さにゾッとしている間にナナシは女神ルーナと何やら会話をはじめた。頭を垂れる事もせず生意気にも高貴なお方にお近付きになるだけでも言語道断であるのに会話までするなんて有り得ない。それもあのナナシ如きが。ヒソヒソとナナシを罵倒する声がきこえる。これはいけない。マリヤはこれ以上ナナシが森から浮いてしまうことは避けねばならぬと勇気を振り絞つて恐れ多くも貴い我らが女神様に話しかけた。
「嗚呼、月の女神であらせられる高貴な方よ。星を届ける責務の外で直答する無礼をお許しください。この子はナナシ。空を飛べぬゆえ今まで女神様にお会いしたことがない梟であります。故に、無礼を知らずに貴方様に話しかけたのであります。しかしこの子は只只性根の優しい子なだけなのです。貴方様の涙を放っておけぬ子なのです。どうかなにとぞ慈悲を。」

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