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おじいちゃんの自転車
待ちかねたお盆休み。
帰省を心待ちにしていたものの、いざ帰るとなると何かと気を遣う実家での生活に気が引けて、うだうだしていたら少し遅い時間になってしまった。
遅いといっても午後7時過ぎくらいなのだけど、朝早い父に合わせて夕食をとる実家では充分遅い時間となる。
母に駅まで迎えに来てもらい、夕方と夜の中間のような夏の暗さの中を車に揺られること十数分。
実家に着いて車から降り、いつも通り玄関ドアをあけようとした時、母に「狭いから気をつけてね」と注意を受ける。
玄関が狭いってどういうこっちゃ?と思いつつドアをあけてびっくり。
玄関には大きな自転車が鎮座していて、玄関スペースの半分を占領していた。
見たところまだ新そうな、大きな自転車。
実家での移動手段はもっぱら車。
父母共に自転車を買うことは考え難い。
事情を尋ねると、6月に亡くなった祖父の形見だった。
母曰く「まだ買って1年だというから、せっかくなので貰ってきた」と。
なるほど…
納得と戸惑いとが入り混じる何とも言えない気持ちのまま自転車を見ていたら、母から笑い交じりに「乗って良いよ」と言われた。
小さな頃、ようやっと補助輪が取れ乗れるようになったかな?というタイミングで練習をうっちゃった自分は自転車が乗れない。
それを念頭においての笑い交じりの提案に「乗ったら壊す」と本気で返したら、「壊して良いよ」と返ってきた。
「おじいちゃんの形見なのに?」とびっくりしていると、いつの間にか真顔の母から一言。
「形ある物はいつか壊れる」と。
唐突に無常感を突きつけられて言葉を失いつつあがった実家は、祖父の葬儀時より物が減って片付いている。
祖父の死は確実に母に影響を与えたのだな、と、断捨離しなきゃと言いつつなかなか片付かなかったのを思い返しながら実感した。
・・・・・・
翌日、姉が突然帰省した。
お盆の挨拶に訪ねた祖母の家は、後飾り祭壇が盆棚にかわり、灯籠の薄青い光が夏らしかった。
祖母手作りのお皿いっぱいに並ぶ半殺しのおはぎと、祖母と母とが話す脇でおはぎを頬張る姉の姿が懐かしい。
1人暮らしになった祖母が元気で良かったと帰り、実家に着くなり、玄関先でこれまた突然、姉が祖父の形見の自転車に乗ってくると言う。
自転車に見慣れていない自分は気がつかなかったが、祖父の形見のそれは年齢を考慮した電動自転車だった。
ただの自転車にしか乗ったことのない両親のため、実験台として近所の公園で試し乗りをするということらしい。
自転車に乗れない自分も、ラジオ体操でも遊びでも何でも姉の金魚のフンだった昔のように、自転車を押す姉についていった。
近所の公園は、遊具類は一切ないものの草の生えたやわらかな地面が広がり、自転車の試し乗りには丁度良い。
昔、自転車を練習していたのもこの公園だった。
「乗るぞー!」と威勢よく宣言して電源をいれ、姉は自転車に乗り始めた。
モード調整やギアチェンジもあっという間に習得しすいすいと自転車をこぐ姉は、これは練習してから乗った方が良いから母も呼ぼうと言い、自転車に乗る姉に代わり電話で母を呼び出す。
やって来た母に、姉は要領良く説明をして、母が自転車をこぎ始める。
最初は手こずっていた母も操作に慣れて、アシスト機能によるペダルの軽さに歓声をあげつつ、すいすいと走り始めた。
ひと走りして気持ち良さそうに自転車から降りて来た母に、自転車通勤は慣れてからだのカルシウムを摂れだの勝手なことを姉とやいやい言っていたら「はいはい」と苦笑いされてしまった。
最後に少しだけ試させてもらった電動自転車は案の定乗れず、片足ずつペダルをこいでは足をつくのを繰り返しながら、自転車自体の重さとモード調整によるペダルの軽さだけを実感して終わった。
最後に自宅までひと乗りするという元気な母を見送って帰路についた時は、虫に食われて汗だくのへろへろで、
やっていることは同じでも子どもの頃と同じとはいかないなぁと当たり前のことを思っていた。
・・・・・・
最後に祖父と会ったのは亡くなる数ヶ月前のお正月。
腰はしゃんと伸びていつつも、痩せて杖をついて歩く様子は少し心配だった。
その祖父がこの自転車に亡くなる1年前から乗っていたのだと思うと、乗って(?)みて重さや操作を体験した後だからこそ、すごいと思わざるを得ない。
田んぼや畑での農作業、お正月のお餅づくり、バイクに乗っての長距離移動。
笑みを浮かべた穏やかな姿を思い出すことの方が多いけれど、思い返せばパワフルな祖父だったなぁとしみじみと思う。
新盆。
形見の自転車を通して、子どもの頃の夏を思い返しながら、思わぬ形で故人を偲ぶことができた。
できれば来年も、おはぎを頬張り自転車に乗って故人を偲ぶ、そんな元気な夏であってほしい。
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