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掌編小説「僕の大いなる力を」

 未来は言うほど悪くないと思うんだ。
傷を負う人を手当てして、悲しむ人を慰めて、悩む人を励まして、貧しい人にみんなで富を分け与えてあげればいいんだ。子どもらしい理想論だと決めつける人がいるかもしれない。だが僕の力をもってすれば、これらが決して単なる空想ではないと証明できる日が必ずやってくる。何たって、僕はただの子どもじゃなくて、抜群に優れた子どもなのだから。
 先生は、ここへ来てこんなに勤勉なのは君くらいだと褒めてくれた。自分でもそう確信している。僕は毎日ものすごく勉強する。一番好きなのは数学だ。まだ十代前半なのに、高校三年で習う問題を解いている。本を読めば無限に理解できるんだ。もちろん他の分野も学ぶさ。そして学ぶだけじゃなくて、自分の中でよく噛み砕いて消化して、考えをまとめる。まとまったら、人に聞いてもらう。僕の周りには優秀な聞き手が何人もいるんだ。こうなってくると、困るのは将来の職業なんだよね。僕は間違いなくあらゆる方面で活躍できるから、どれか一つに絞るとなると非常に難しい選択を迫られることになる。学者でも政治家でも医者でも教師でも、何にでもなりたい。そういうのって、掛け持ちできるのかな? できると、いいな。僕はとにかくこの社会に貢献したいんだ。だって、こんなに優れた能力を、人のために使わないなんて宝の持ち腐れじゃないか! 
 全ての人が僕の力を有難がるに違いない。でもぼくは自分が多くの人に支えられていることを知っている。それは本当に、よく知っているよ。大人になって、一廉の人物になったとしても、僕が一方的に与えるというわけじゃないってことをきちんと理解している。倫理学も学ぶべきだなあ。しかし教材が中々手に入らないんだ。母が買ってきてくれないからね。そう、父と母には長いこと会っていない。こんな時世だから、仕方ないよね。正直なところ、とても寂しい。でもこれはきっと僕に与えられた試練なんだ。だとしても僕にとってこれくらいの試練は何てことない。いつも周りにたくさん人がいるから、両親と会えない寂しさなんて、気にならないくらいだよ。
 僕は自分自身でもっともっと成長して、未来を明るくしてみせる。まず僕が良くなって、家庭を良くして、町も、国も、世界も、全て輝かしいものにして見せる。僕にはそれができるんだ。だって、先生も、先月の手術が最後の手術になるだろうと言っていたし、この分なら退院も可能だと明言した。その言葉は他のどんな言葉よりも真実に違いない! 自分でもわかるんだ。あと半月もすれば、車椅子ではなく自分の脚で中庭まで歩いていけるようになるだろう。病気は打ち倒したも同然なんだ。次はこの世界を良くして、明るい未来を作り出してみせる。


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