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【連続小説】『2025クライシスの向こう側』9話

連続小説 on note 『クライシスの向こう側』
第1部 愛尊と楓麗亜の七日間

第9話 ずっとそばにいてくれるかな?

1日目ふたりはなんのためらいもなく前を見た

「こんにちは。はじめまして。八雲愛尊といいます」
愛尊は先に挨拶して頭を下げた。
楓麗亜も頭を下げて挨拶する。
「はじめまして。樹楓麗亜です。よろしくお願いします」
そこへコーヒーを乗せた盆を持って
大江が戻ってくる。
「挨拶は済んだ感じ?」
と愛尊を見て楓麗亜を見る大江。
楓麗亜が頷く。
「じゃあ、もう、紹介抜きでミーティング開始〜」
と一人で笑う大江。
楓麗亜と愛尊が向かい合って座り、
大江はそれぞれの前にコーヒーを出し、
楓麗亜の隣に座る。
「八雲くんって呼び方はちょっと硬いかな?」
と大江が笑顔で切り出す。
「ああ……僕は、八雲でも、愛尊でもどちらでも構いません」
と愛尊が言い終わるか否か楓麗亜が言った。
「アイソンって呼んでいいですか?」
「えっ……はい。どうぞ」
と愛尊が照れ臭そうに頷く。
「おお〜欧米っぽくていいね! 欧米かっ! は、やめといた」
と一人大笑いする大江。
苦笑いする愛尊。
「現状。事務所は開店休業中なんだけど、フレアちゃんもこのところ前向きになってて、活動を再開したいって言ってくれてるんだ」
と大江は愛尊の苦笑いを
もろともせずに本題入った。
「そこで、フレアちゃんにも僕らにもいい刺激になるんじゃないかと思って、スタッフを募集していたんだ。ほらっ、新しい風って大事でしょ?」
「はあ」
と足槌をうつ愛尊。
「そしたらまさかの楓麗亜ちゃんにとっては最高の刺激的な人物が来てくれることになっちゃったという。なんともファンタジックな展開が起こっちゃった訳です」
「そんな……戦力になるかどうか……」
ハイテンションな大江に面食らいながらも、
愛尊はそう返しながら、
リュックからノートパソコンを取り出して
開きながら続けた。
「実はここへくる電車の中で、ざっとまとめてみたんです」
驚いて大江が言う。
「えっ? さっそく? まとめてきたって何を?」
楓麗亜は黙って
真っ直ぐに愛尊を見つめている。
愛尊はパソコンの画面を
二人の方へと向けて言った。
「今から1週間後の2月19日にフリーライブをやるための計画です」
「おいおいアイソンくん! なんだいそりゃあ!? どこで? どこでやんのよ? まあ、いいや。どこかあったとしよう。間に合う訳ないでしょうが。7日間しかなくて。あのね、大きな会場をおさえるっていうのはね、最低でも1年前におさえないと無理なんだから。だいたい初のライブになるんだよ! 準備時間だってないしさ。さっきしかもフリーライブって……お金すごいかかるよ!」
呆れた大江は、
あまりの突飛な愛尊のアイディアに笑い出す。
「曲はすべて新曲でやります。8曲くらい」
さらなる大声で笑い出す大江。
「8曲ってさ。 作るのフレアちゃんよ!楽曲の仕上げ、ライブのリハ。間に合うわけないじゃん!  馬鹿げてる!」
真顔になった大江はさらに言う。
「アイディア出してくれるのはありがたいんだけどね。もうちょっと、いやちょっとじゃない。ちゃんと現実的な話をしよう」
すると、
愛尊をまっすぐ見つめていた楓麗亜が言った。
「やります。ワタシ」
驚いて大江は呆然と楓麗亜の顔を見ている。
「大江さん。少しアイソンとふたりで話をさせてもらえますか?」
「……ああ。アレックスのアトリエにいるよ。終わったら呼んで」
大江は整理のつかない表情で立ち上がる。
「ありがとう大江さん」
大江は、楓麗亜の言葉に
少しだけ表情を緩めて返す。
それから愛尊に言った。
「じゃあよろしく」
愛尊は大江に頭を下げた。
大江がスタジオをあとにして、
二人だけになる愛尊と楓麗亜。
「7曲作る」
と楓麗亜が言った。
それからこう続けた。
「1曲だけ。1曲だけカバーやっちゃダメかな?」
「カバー? ああ。いいと思う。そこまで僕は思いつかなかったけど、カバーをやったりするのも全然いいと思います。というか驚きますよね?」
「何に?」
「いや。こんな突拍子もないアイディアをいきなり出されて」
「予感があったの。あなたはきっとこう言うだろうって」
「えっ?」
予想もしないことを言う楓麗亜に
驚いた愛尊は思わずこう尋ねてしまう。
「えっ? じゃあ、ひょっとして、リチャードのことも?」
「リチャード? 誰?」
「あ、そうか……」
と愛尊は、リチャードが
リチャードとして楓麗亜の前に
出ているとも限らないと思い、言い直す。
「なにか、その……「意識」みたいなものに遭遇したとか?」
「意識? 意識って遭遇したりするものなの?」
「あ、いやいや。ごめん。なんでもない」
意味不明なことを口走る愛尊を
不思議そうな瞳で見つめる楓麗亜。
話題を変えるように愛尊が言う。
「いきなり、楓麗亜さんに負担をかけることになっちゃうけど。大丈夫ですか?」
「アイソンと大江さんが協力してくれれば、私はすべて間に合わせる。あと、ワタシの方が年下だし、敬語はやめてね」
「あ、はい。うん。了解」
「それから一つ質問。なぜ7日間なの?」
「それは……もう少ししたら……じゃあダメかな?」
楓麗亜はしばらく愛尊を
真っ直ぐに見つめたあとに、
「わかった。ちょっと大江さんと話してくる」
そう言って立ち上がってスタジオを出て行った。
一人残った愛尊は、
なんとか自分の寿命の話をせず、
7日間ですべての任務を
果たせないものかと思いを巡らせた。
楓麗亜や大江に
余計な気を使わせたくなかったし、
リチャードのことを
二人に納得いく形で説明できる自信もなかった。

楓麗亜が、
アレックスのアトリエと化した
事務所跡に入っていくと、
頭を抱える大江と
楓麗亜の母親が話をしていた。
アレックスはヘッドホンをして、
刷毛とパレットを手に、
大きなキャンバスに向かっている。
「フレアの憧れの作家先生が、いきなりぶっ飛んだことを言い出したんだって?」
楓麗亜の姿を見た母親が
面白おがるように声をかけてくる。
楓麗亜は、
テーブルの上のクッキーを口に放り込んで、
「確かにぶっ飛んでる。でもね、彼には何か彼なりの確信みたいなものがあるような気がするの」
と言って、冷蔵庫から牛乳を取り出し
コップに注いだ。
「確信てなんのさ? 作るのはフレアちゃんだし、動くのは僕らで……。だいたい奇跡でも重ならなきゃ間に合わないよ」
と再び頭を抱える大江。
楓麗亜は、口の中でミックスされる
チョコレートクッキーと
牛乳を楽しみながら言った。
「うまく言えない。感じるのよ。すべてが間に合うことも、7日間でやり遂げる意味があるってことも。彼はすべて確信してるんだと思う」
「面白そうじゃない? 大江さんやってみようよ」
と母親が楓麗亜を援護する。
お手上げという顔で苦笑いの大江。
すると大江のスマホに着信音が鳴る。
スマホの画面を見る大江。
「こんなときに次郎さんからだ。東京に遊びに来てるのかな」
と言いつつ電話に出た大江が外へ出て行く。
「ママ、早くアイソンくんに会いたいな。ミーティング参加していい?」
いたずらな微笑みを浮かべて母親が言う。
「どうぞ」
と楓麗亜はそっけなく答えて、
愛尊のぶんのクッキーを
取って神ナプキンに包み、
出て行こうとすると、
ハイテンションの大江が戻ってくる。
「ちょっと待った」
と楓麗亜の肩を捕まえて、テーブルの方へ連れ戻る大江。
楓麗亜を椅子に座らせ、
自分も向かい側に座り、
大江がはやる気持ちを落ち着かせて話を始める。
「楓麗亜ちゃん。君は本当にやりたいのかな? 彼が言うようにこれから新しいアルバムの曲を作り上げて、その曲を中心に初のライブを7日後に開催するという無茶なプランを」
楓麗亜は黙って頷く。
「スケジュールで言えば、3日、いや上がった曲から同時進行でミックしていけば、4日で全曲の録音を終えて、残りの曲のミックスをしながら、上がった順にトラックダウンを並行して始める。同時にほぼぶっ通しで2日間リハをやって、6日目に立て込みをして、7日目の夜にライブをやるってことになるけど。だから、2日間で8曲作り上げて、1〜2曲は録り上げておかなきゃならない。さらにそこから2日間で6曲を録るってことなんだけど。フレアちゃん作って歌える?」
大江は真剣な表情で楓麗亜を見つめて言った。
「7曲。あと1曲はカバーにしたい。実は一昨日2曲。昨日2曲。メロディーは出来てる。アイソンに会ってから詞はつけるつもりだった。だから明日までに3曲作る。基本的にはリズムセクションは自分で演奏して録る。コーラスはママとやる。3日目に上物でギターとキーボードとかパーカッション、金管、木管と弦を録りたいの。手配してもらえますか」
楓麗亜もまた冷静にはっきりと大江に返した。
「最後に一つ。これだけ無理をしてまでやる理由は? アイソンくんが言ったから?」
大江の質問に黙って頷く楓麗亜。
「それは予感がするんだね」
と大江が微笑む。
「さっきまでのことは予感してた。映像が見えてたの。だから4曲作っておいた。でも、彼がどうして7日間にこだわるのかは見えなかった。でもワタシはやらなきゃって思ったの」
楓麗亜がそう答えると、
大江は立ち上がって言った。
「場所は香川にしよう。今夜告知する。建設中のプールに立て込みをする。ちょうど今そのプールの持ち主が東京に来てる。僕の親友だ。香川で中古車屋をやってるおじさんで、めちゃくちゃ人たらし。あとこれまた建設系の友達もこっちに来てるから二人を呼んだ。それから舞監も呼んだ。これから打ち合わせをやる」

スタジオで一人待つ愛尊。
ドラムセットのスネアやシンバルを
指で叩いてみたり、
電子ピアノをぽろんと弾いてみたりして、
スタジオ内を探索して時間を潰していた。
防音扉が開いて楓麗亜が入ってくる。
楓麗亜は扉を閉めて、
微かな笑顔で愛尊を見つめて言った。
「やろうアイソン! ワタシやり遂げてみせる!」
そして弾けるような笑顔を愛尊に向けた。
「うん」
愛尊も楓麗亜に微笑み返す。
楓麗亜は愛尊の目の前まで歩いてきて、
愛尊の瞳を見つめて言った。
「だから……ライブが終わるまで、ずっとそばにいてくれるかな」
その汚れなき真っ直ぐな美しい瞳に目を奪われる愛尊。
見つめ合ったままのふたり。
愛尊は静かな、でも強い決意が含まれた声で答える。
「うん。もちろん」


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