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【連続小説】2025クライシスの向こう側 10話

連続小説 on note 『2025クライシスの向こう側』
第1部 愛尊と楓麗亜の七日間

第10話 これはね、予感じゃなくて確信なの

真冬のカブトムシ

大江は早速、
レコーディングのため、
フリーライブのため、
打ち合わせを始めた。

大江が最初に集めたのは、
レコーディングチーム。
メーカーのA&Rの栗田、
レコーディングエンジニアの沖田、
マスタリング担当の村松と
そのエンジニアの岩田の5名。

楓麗亜が大江に渡した
参加ミュージシャンリストを元に、
栗田は各エージェントに連絡を取り、
無理を言ってミュージシャンの
スケジュールを押さえた。
もちろん急な発注になったので、
他の仕事とスケジュールが被ってしまい、
参加できないミュージシャンも
少なくはなかった。
それを想定した楓麗亜のリストには、
各楽器において、
複数のミュージシャンがあげられていたので、
何とか構成できた。

沖田はたまたま計画していたバカンスを
中止して参加を決意してくれた。
日本で最高峰のレコーディングエンジニア
の一人である沖田に大江がすまなそうに言った。
「次、いつ休み取れるかもわかんないのに、沖田ちゃんにこんな無理言ってごめんね。急な話で、しかもめちゃめちゃタイトなスケジュールで、正直受けて貰えると思わなかったよ」
「いやいや。最近こう言う無茶なことないから、テンションあがってんだよオレ。それにフレアちゃんの2年ぶりのアルバムに参加しないで、バリでホカホカしてたら、後悔するっしょ!」
と大笑いしながら沖田は言った。
そしてレコーディング中から、
ミックス作業が短縮できるよう、
あらかじめ録音データを整理するから
大丈夫だと言ってくれた。
あとは、栗田仕切りで
細かなスケジュールの詰めが進められた。

大江は別室で、
レコード会社のプロモーション担当同席の元、
香川で中古車を営みながら、
水泳教室も運営する渡瀬次郎と建設業を経て、
現在は香川の花井温泉でエコビレッジを
運営する山部雪之丞、それにイベンター、
ベテラン舞台監督の半田とともに、
ライブに向けての打ち合わせを始めた。

楓麗亜はスタジオに一人こもって、
直ちに新曲作りを開始した。

愛尊は、近くにいてもらいたいという
楓麗亜のリクエストに応えるため、
樹家のゲストルームに住み込むことになった。
そこで一旦自宅に戻り、
荷造りと部屋の片付けをするため樹邸をあとにした。

大江たちにより着々とライブの
開催に向けての打ち合わせは進行した。
フリーライブの会場は、
渡瀬が春にオープンするスイミングクラブの
プールで行われることとなった。
すでに建物は完成していて、
1F部分のプールに蓋をする形で、
円形のステージとアリーナ席を作り、
2Fにある客席にも観客を入れることにした。
総キャパは3000人で設定した。
雪之丞が会場の図面を引いた。

愛尊は、7日分の着替えや生活用品を、
キャリーバッグに詰め込んだ。
窓を開け放って念入りに部屋の掃除をした。
最後に片付いた部屋を見渡し、
ああ。自分は二度とこの部屋に
戻ることがないんだろうな。
と思った。
「ようしっ!」
と気合を入れた愛尊は、鍵を閉め、
その鍵を玄関ポストに入れた。

その頃楓麗亜は、
新たに2曲の新曲を作り、
あらかじめ出来ていたメロディーに
すべて詞をつけた。
6曲が完成したのだ。

楓麗亜は、自分たちを取り巻く世界について歌った。

大人に制御された大人に都合のいい
ニュースだけがTVで流れる。
ネットでは作り上げられた
フェイクニュースが溢れかえる。
秩序のない世界で選ばれた政治家。
秩序のない世界で至福を肥すビジネスマン。
大量生産される野菜や果物には、
大量の化学肥料が撒かれ地球の環境を変える。

世界は歪んでいる。
そんな歪んだ世界の
軒先や河原や道端を彩る
地味で美しい花たち。

ワタシたちと同じ匂いがする花々。

ワタシたちは思う、
利権を貪り世界を牛耳る
怪物たちの船には乗らない。

何故ならワタシたちは
そこここに咲いている、
名前もない美しい花たちを携えて、
自分たちの船を作る。
みんなで自分たちの船を作る。
そしてみんなのための海に出る。
汚れた怪物たちは渡れない海に。

楓麗亜は、
何曲かにそんな思いを込めた。
そしてエンジニアの沖田とともに、
リズムセクションの録音を開始した。

戻った愛尊もスタジオに入り、
楓麗亜に寄り添った。

途中、青山のblue noteでの
ライブに出演するために
来日中だったマーガレットが
ギターを手にやってきた。
マーガレットはアメリカ出身の
シンガーソングライターで、
ギターリストである。

楓麗亜とマーガレットは互いに
アラニスモリセットをある種の
起源にしているアーティストで、
お互いにシンパシーを感じていた。
レコード会社の仲介もあり、
ビデオ通話で会話し合う仲になっていた。
元々東京で会おうという
話になっていたのだが、
マーガレットに
楓麗亜が一曲参加してもらえないかと
提案したところ、マーガレットは
デモを聴かせて欲しいと言ってきた。
数日前に事前にできていた曲の
データを送ったところ、
マーガレットは快く参加したいと言ってくれた。

一方で、深夜0時を回る前に愛尊は、
別室でデザイナーの石元や
宣伝スタッフと打ち合わせをする大江に
呼ばれ、ライブ告知とアルバムの
ビジュアルの会議に合流した。

石元のメインビジュアル案はこうだ。
金箔の質感を背景に
薄いメイクの楓麗亜の顔が
初めてはっきりと明らかになる。
浮世絵のようなバストアップの構図。

そこに載せるライブのコピーの
アイディアを大江たちから求めらる愛尊。

愛尊は思い付いたままを口にした。

”ワタシはここでうたう。
よければ寄り添ってほしい。
ワタシのうたは
みんなに寄り添うために待っている”

「マジか! 最高だな。フレアちゃんのことがわかってる」
大江は感動していた。
「ド直球だけど、真っ直ぐな気持ちが伝わって、いいんじゃないの?」
と石元も笑顔だ。
大江は愛尊のコピーをすぐにプリントアウト。
それを持ってスタジオの楓麗亜の元へ確認に行った。

2025年2月13日0時30分。
レコード会社と事務所のH.P.と
すべてのSNSに
愛尊が提案したコピーを
中心とした七色の文字だけが、
白バックにベタのせされた
情報が公開された。

緊急告知1
flare new album
『TOUGENKYOU-桃源郷-』
2025.2.19 ON SALE

緊急告知2
flare first live
2025.2.19 17:00 Open 18:30 Start
at takamatsu kagawa

緊急告知3
flare ビジュアル公開
ライブ詳細公開
2025.2.13 18:00

”ワタシはここでうたう。
よければ寄り添ってほしい。
   ワタシのうたは
みんなに寄り添うために待っている”

X、インスタなどのビュー数は、
あっという間に100万を超えていく。
多数の歓喜するコメントが寄せられた。

深夜1時を回る頃、
レコーディングを終えた楓麗亜とマーガレット、
沖田たちとスタッフ、楓麗亜の母親カップル、
みんなでケータリングで食事した。
プリントアウトされた告知を
改めて手に取り楓麗亜が言う。
「うん。この言葉でいいと思う」
2時を回ったあたりで解散となった。

「部屋で少しだけ飲まない?」
楓麗亜が愛尊を誘う。
「大丈夫? 明日も大変な1日になりそうだけど」
愛尊が楓麗亜を気づかう。
「最後の一曲を作る前にもう少し、アイソンと話がしたいの」
と楓麗亜は言う。
「僕は全く構わない」

楓麗亜の部屋のソファーで飲む二人。
「なぜ、アイソンは新作を書かないの?」
「書いてたんだよ。これでも」
「そうだったんだ。ごめん勉強不足で」
「いやあ。君が気づかないような世界の片隅で連載してたんだ」
「どんな話?」
「え? いやあ。せっかくの今日が台無しになっちゃうよ。あんなに素晴らしい音楽や制作チームに出会ったあとに話すようなストーリーじゃない」
「納得してないのね」
楓麗亜からの言葉がすべてだったので、
返す言葉が見つからない愛尊。
「アイソンはもうすぐきっと自分でも納得がいく作品を書き上げるよ」
愛尊は黙って楓麗亜の言葉の続きを待った。
「その小説は再びワタシの心をつかむ」
「それは、例の予感?」
首を横に振って、楓麗亜が答える。
「ワタシの予感はその人と近くなると見えなくなるの」
「見えなくなる?」
「うんとね、映像のように頭の上の方に映し出される感じで見えるの」
「僕に関する予感はしなくなったの?」
楓麗亜は頷いて言った。
「パパにも、唯一の友だちの友希にもしないの。この2年間ママと暮らしてるけど、いつからかママにもしなくなった。だからアイソンで4人目」
「そうか。そうか」
と愛尊は頷きなら楓麗亜を見つめて相槌をうった。
「だからね、これは予感じゃないんだよ」
楓麗亜は愛尊のほうに身を乗り出して続けた。
「これは、予感じゃなくて確信なの」
「ありがとう」
愛尊はそう言いながら心の中で思っていた。
楓麗亜の言うような未来があったら
どんなにか幸せだろうと。
ずっと楓麗亜のそばで、
自分の納得のいく作品を書き続ける。
もう一度心の底から愛尊は思う。
”なんて幸せなんだろう”と。
「ねえ、寝る前に最後に何かお話して」
と楓麗亜が愛尊に言って
二人のグラスに残ったワインを注ぐ。
「うん。そうだなあ……よし。小学生の頃に”教授”っていう名のヤギを飼ってた友だちがいたんだ」
「ヤギを?」
「うん」


「高井くんていう名前。高さんって呼んでたんだ」
「アイソンは高さんになんて呼ばれてたの?」
「高さんはしゃべらないんだ」
「えっ?」
「囁くような笑い声を微かに出すくらいで。決してしゃべらない。彼が僕を呼ぶときは、いつもポンポンと僕の肩を叩くんだ。でも表情は豊かなんだ。笑ったり。がっかりしたり。心配したり」
「病気だったの?」
愛尊は首を振って言った。
「違うんだ。ある日彼の家に遊びにいく約束をしていた。何度も僕は彼の家に遊びに行っていたし、ヤギと遊ぶなんてそうそう出来ないし。だから彼の家に行くのが好きだった。その日、ほんの少しだけ早めに彼の家についた僕は塀沿いに自転車を止めていた。すると庭から聞いたことのない声が聞こえてきた。『ママ〜教授がチューリップ食べてるよ』って。僕は塀によじ登って中を除いてみた。高さんが彼のお母さんと笑顔で話しながら、教授を追いかけてたんだ。僕はそのまま家に帰ったんだ。受け止めきれなかった。僕は彼と通じ合えていると思っていた。彼はクラスの中で、僕の話に誰よりも笑っていた。僕は彼が僕に心を開いていると思っていた。クラスのみんなは、彼をなんとかしゃべらせようとしていた。僕は、高さんがしゃべろうが、しゃべらなかろうが、どっちでもいいと思っていた。というか僕は、そう思っていると自分では思っていたんだ。でも僕はクラスの他の子たちと一緒だったんだ。アプローチが違うだけで、口に出さないだけで僕もどこかで彼と言葉を交わしたいと思っていたんだ。彼が僕に心を開いていた理由は、声を出すことを強要しなかったからなのかもしれない。彼はお互い僕とは理解し合っていると思ってくれていたんだ。実際僕は彼と理解し合っていたと思う。なぜなら彼が僕の肩を叩くその叩き方で、彼の気持ちを感じ取れるようになっていたんだ。必死なとき。嬉しいとき。心配してるとき。僕らは分かり合っていたのに、僕はあの日彼が僕に心を開いていないと思ってしまったんだ。彼の気持ちを考えていない、単なる僕のエゴで」


ずっと話を聞き入っていた楓麗亜が尋ねる。
「そのあと高さんとはどうなったの?」
「この日を境に何だか僕らはギクシャクした。それから程なく彼は、父親の仕事の都合で転校して行っちゃったんだ」
楓麗亜は、グラスを持って立ち上がり窓を開けた。
冷たい新鮮な空気が部屋に入ってきた。
愛尊もグラスを手に窓辺に行き、楓麗亜の隣に立った。
「なんか、僕という人間が特別なものではなく、とてつもなく凡庸な、集団の一部だと感じさせられた。僕は僕自身に幻滅したんだ」
楓麗亜は何も言わず窓の外を見ていた。
「彼に最初に読ませたんだ」
「何を?」
「その頃ノートに書いた仮面ライダーのオリジナルストーリー」
「へえ〜彼の反応は?」
「凄くワクワクした表情で最後まで一気に読んでくれて最高だったという笑顔を僕に向けながら何度も頷いてくれた。僕はずっとどこかで、彼が読んだらどう思うだろうって思いながら、毎回小説を書いてきた気がする」
「これからはワタシのためにも書いて」
そう言って楓麗亜は愛尊の肩にもたれた。
そして窓の外を見たまま言った。
「やっぱこれは、予感じゃなくて確信」
それから愛尊の首あたりの匂いを嗅いだ。
「えっ!?」
あたふたと戸惑う愛尊。
「やっぱり! アイソンもカブトムシの匂いがする」
と言って楓麗亜は微笑んだ。


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