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【連続小説】『2025クライシスの向こう側』2話     

連続小説 on note 『2025クライシスの向こう側』
第1部 愛尊と楓麗亜の七日間

第2話 さあ、旅立ちだ。とリチャードは言って微笑んだ -その1-

リチャードが教えてくれた世界の始まりとルール

僕はリチャードを見つめていた。
屋上のフェンスにもたれるようにして。
自力では、とても立っていられなかった。
生まれて初めての経験なので
正解かどうかは分からないが、
これが腰が抜けるというやつか?
下半身にまったく力が入らない。
「私の身体が見えると安心しますか?」
相変わらず口元を動かさず
ダイレクトにリチャードが語りかけてくる。
「そうですね……多少は……」
「じゃあこのスタイルでいきましょう。私の「意識」が映し出したホログラムのようなものだと思って下さい」
優しげな表情に見えるともない無表情でリチャードが言う。
「それと、先ほど私は地球人じゃないと言いましたが、どこの星の人でもないんです。ただの「意識」なのです。今借りているこのボディ。彼は19世紀に生きた天文学者です。私は彼が好きでしてね。不器用だけど魅力的な男ですよ。今回にはうってつけの人物だと思いボディを再現してみました」
第一次産業革命末期の天文学者……
のホログラム……などと頭の中で僕が考えていると。
「そうです。そうです。まさに時代は第一次産業革命末期のイギリスです。1826年の5月26日にチェルシーで生まれました。ミドルネームはクリストファーと言います」
と食い気味にリチャードが答える。
「わかるんですか……僕が何かを考えると?」
「ええ。正確には君が考えたことというか、君の「意識」がね」
「テレパシーのようなものですか?」
「まあそうですね。いわゆる波動言語というやつですね。君たちの祖先である縄文人はそれを日常的に使っていたんですよ」
「ええ! そうなんですか?」
「そう縄文人は今の人類よりも感性はとても鋭かった。しかしその部分は退化してしまった」
「……」
「彼らは「意識」で草花や動物とも繋がっていました。そして宇宙とも。彼らよりも進化している違う星の知的生命体とも。当然、人同志のコミュニケーションにおいても「意識」です。だから、彼らは食料や情報のすべてを共有していた。お互いが考えることもわかり合っていた。しかし10000年以上続いてきた平和な暮らしが終わることも同時に感じとっていた。間もなく争いの時代が始まることを「意識」が感じとった。そしてそのために一時的に「意識」の感性が衰えても大陸から来る人々と混血することで戦う民へと変わることが未来を生き残るための道だと選択した。程なく大陸から多くの人々がその地にやってきた。そして稲作に適した土地を所有し、それを奪い合った。この「所有」するという概念が「意識」の存在を不都合にしてしまいました。自分が独占するために獲った獲物を他人から隠す。どんどんと利己的になっていく。他人より多く土地を所有したり、自分たちのためだけに食料を保存する。ですから自分の「意識」が他人にわかってしまっては不都合なのです。そこで彼らは「意識」の回路のスイッチを切ったのです」
古代人は言葉ではなくテレパシーで会話していたというのか……。
「そこから現代に至るまで人類は悪行を重ねてくるわけです。まあ、その話は長くなるので、話を戻しましょう。波動というか周波数が基本です。歪みが波を作り出し、さらに揺らぎがその”長い””短い”などのリズムを作り出す。その歪みや揺らぎを生み出すのが「意識」です。その「意識」は全宇宙のありとあらゆるところに存在する。私が普段いる世界ではそれらすべての「意識」を集めて記録されています。君の「意識」も、植物や昆虫や生きとし生けるもの全てが作り出す揺らぎが」
「……この世のすべて」
「そう。何かを造ろうと思った「意識」。出来上がったものを見た「意識」。そういったものが生み出した、「出来たもの」と「出来なかったもの」。「叶わなかった思い」と「叶った思い」。「驚き」。「憧れ」。「希望」。「共感」。「好感」。「愛情」。「喜び」。「慈しみ」。「肯定」。「否定」。「嫌悪」。「憎しみ」。「恨み」。「怒り」。「殺意」。「悲しみ」。「破壊」。「絶望」。「創生」。「有機物」と「無機物」。「物質」と「非物質」。つまり記録されたものは、「意識」の集合体なのです。ですから、もちろん君もその一部であるのです」
「……」
「難しく考えないで」
漠然としか理解できないでいる僕にリチャードが諭す。
「シンプルにわかりやすく言うと。感情や想像や妄想で終わってしまったものも、実際に形になったものも、生きているものも死んだものもすべてが記録されているのです。そこにアクセスすれば自由に見ることが出来ます。人類がこの三次元では決して辿り着けないすべての”なぜ”が分かるのです」
「すべての"なぜ"……」
なぜリチャードは僕の前に現れたんだろう。
「人が死を迎えて、肉体という器を脱ぎ捨てたあとに、その『この世のすべて』とアクセスします。一瞬ではありますが、その一瞬にしてすべてを知ります。宇宙の誕生からこの先の未来も。それが「永遠の一瞬」という時空です。そしてそのあとは「意識」の集合体である『この世のすべて』に取り込まれ、今世の記憶も『この世のすべて』にアクセスして見たものの記憶もすべて消去され新たな生命としてまた生まれていきます」
「……」
リチャードは直接僕のなぜには答えずに話を続ける。
「なぜ君はあの両親から生まれたのか。なぜ彼女は出て行ったか。ミルキーは彼女と君のどちらが好きだったか。なぜ宇宙は誕生したのか」
”知りたい!”と僕は思った。
「なぜあの夜。謎の存在が君の枕元に立って、処女作のあらすじを教えてくれたのか」
えっ!? なぜそれを……。
「そしてなぜその誰かは「作家になれ!」と君に言ったのか」
「……そう。あれは僕が書いたんじゃないんだ。あの日……10年前のあの日。枕元に立った謎の男が語った話を書き起こしただけなんだ……」
そう。
誰にも話せなかった秘密。
僕は盗作したんだ。
どこの誰だかもわからない謎の男の口述を。
でもなんだかスッキリした。
嘘が消えていくってこんなにも気持ちがいいものなのか。
そうか。わかったぞ。リチャードはきっと処刑人だ。
真実を隠して逃げていく僕に罪を認めてさせて処刑するために来たんだ。
するとリチャードは少しだけ体を斜に向けて、
「違う違う! そうじゃ、そうじゃな〜い!」
と完全にメロディーにのせて否定する。
そして、
「仕組みとルールを説明します。まず最初に”ソレ”の話をします」
と長い話を始めた。

リチャード曰く、すべては、
”ソレ”という特別な「意識」から始まったとのことだ。
”ソレ”は真っ暗な部屋で大きくため息をひとつついた。
すると真っ暗な部屋に歪みと揺らぎが生まれた。
その歪みと揺らぎが空気の流れを作り、
やがてその空気の流れは目に見えないちりや埃を巻き込んでいった。
巻き込まれたものたちはぶつかり合って、
摩擦が起き、そこここで渦のような流れが次々に生まれていった。
渦はまた小さな渦を作り、その小さな渦はもっと小さな渦を作る。
こうして無数の渦が誕生した。
その渦の中心では原子が生まれ、
そのまた小さな渦の中では粒子が次々誕生していき、
ぶつかりながら性質を変えていく。
そしてできたガスの塊は
自らの重さを支え切れずに崩壊。
大爆発を起こした。
ここから先はホーキング博士の
仮説に近いようなことを言っていた。
「ホーキング博士は”ソレ”の存在を、ビッグバンの前を、そして”ソレ”がなぜため息をついたかも知ったことでしょう。いくら人類が仮設を立てたり、方程式を見つけて証明らしいことをしてみても、その”答え合わせ”には生きている間には辿り着くことは出来ない。生きたままその目で見ることはできません。「意識」だけが時空を超えて見ることができるのです。正しく修行を終えた人間は、次の次元に進むその過程の”永遠の一瞬”に「この世のすべて」に触れることとなるのです」
つまり肉体の死を迎えた人間の中の
「意識」(僕らがよく言うところの霊魂に近いもので、
いわゆる魂のことだと思う)だけが
「この世のすべて」に触れることができるとリチャードは言った。
じゃあなぜ僕を止めたんだ。
「それはルール違反だからです。今この世の始まりを話しました。全部は教えてあげませんけどね。さあ、ここからはルールを説明します。人の命を理不尽に奪った人間の「意識」は「この世のすべて」に触れることなく生まれ変わります。その人間にとっての来世はもっと悲惨です。そこでまたルール違反を犯すともっと悲惨な次の人生を生きることとなります。自ら死ぬことも、他人を殺すこともルール違反となります」
リチャード? 怒ってる? ような顔つきに見えるけど……。
「レベルで言ったらほぼほぼ0です。ほんの僅かです」
「えっ?」
「怒りのレベルバロメーターですよ。レベル1くらいで太陽系が吹っ飛びます。あなたは危うく、その甘ったれた根性で何も知ることなく、もっともっと悲惨な明日へ向かおうとしていた。だから私は君から感謝こそされても文句を言われる筋合いなど皆無です」
とほぼほぼ0ながら怒りの表情に
見えるともない無表情でリチャードは言った。
僕は、「じゃあなぜ僕を助けてくれたんですか? リチャードさん」
と虚しいテレパシーを送ってただただ途方に暮れる。
そしてああ本当はあの夜も僕は途方に暮れていたんだ
と唐突に思い知らされた。
あの日、玄関を開けてすぐの場所に
あるはずのミルキー用のトイレが無くなっていて、
リビングやベッドルームからは、
彼女の服や靴や雑誌のコラージュや
一緒に撮った写真が無くなっていたあの夜。
二人+1匹のときには決して感じなかった
寒々とした途方もなく広く感じる空間の真ん中で。

『2025クライシスの向こう側』 第3話 『「さあ、旅立ちだ」と言ってリチャードは微笑んだ-その2-』

『2025クライシスの向こう側』 第1話『第五種接近遭遇』




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