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クリープハイプ、見っけ! 1,2,3

3月26日、あの人に振られた。好きだったのに。——

大学生の頃から憧れていた人と、社会人になってから連絡を取るようになりまして。きっかけは些細なことでした(どうしようもなくどうでもいいことなので、ここには記載しませんが)。学生の頃はなかなか会話する機会がなくて、彼とのLINEも電話も新鮮で。いちいちドキドキしてて。

どうやって返信しようか悩んで。
打ち込んだ文面を何度も読み返して。
冷えた指先で送信して。
でも、身体の芯はあつあつで。
それから彼からの返信を楽しみに待って。
今夜は来ないかって、ぐったり諦めて。
そんなところに返信が来ると飛び跳ねるくらいうれしくて。
そんな自分を客観的に見て。
私、中学生かしら? と恋愛経験の浅さが如実に現れた瞬間に羞恥を覚えて。
それでも、しっかりうれしくて。
鏡を見ると頬が、耳がぽっと赤くて。
そんな自分の浮かれた顔を見ると今度は腹が立って。

ほんと、私、ばっかみたい。
だって、相手は大阪で、私は東京。
知ってる。
遠距離なんてうまくいきっこない。
だから、彼が言うように、私は彼のお友達。私はただの女友達。
でも、心のどこかではそこで止められない自分がいて……。

私も人間だから欲が出てきて。
同じフォントが並んだ言葉だけではダメで。
唯一無二の彼の声を聞きたくなって。
震える手で電話したいとメッセージを送って。
いいよ! しよう!
意外とすんなり承諾されたことに茫然としながらも、やっぱりうれしくて。
仕事終わり、家に帰ってから諸々支度を済ましてから「いつでも電話できるよ」と送信して。
少しして彼から電話がかかってきて。
緊張しすぎて、一度この電話を無視してしまおうか、とも悩んで。
しかし、そんなことはできなくて。
震える声で「もしもし、お疲れ様」って言って。
ぎこちない挨拶で会話が始まって。
他人行儀を交えながら近況を話し合って。
間に笑いが入って来るようになって。
会話がスムーズになってきて。
学生時代のことや趣味を話して。
私たちは同じ場所で同じ時間を過ごしていたはずなのに、知らないことばかりで。

あるとき、クリープハイプの話になって。
好きなアーティストとかいるの? なんともありきたりな質問だった。
クリープハイプ。その答えが真っ先に頭に浮かんで。
でも、なんだかすっと言えなくて。
私は彼らの歌を心の底から愛してるから、裸のような、誰にも言えない夜のことのようなクリープハイプの曲に卑猥さなんて微塵も感じない。愛した人との裸の夜を、セックスを私は決して下品とは思わない。おそらく誰しもがそうでしょう。
でも、もし彼が何も知らない無垢な人ならきっと私とクリープハイプとのことを醜いものを見るような目で見てくる。あろうことか、そう思ってしまった。あの躊躇はこれが原因。
これは私たちの愛のカタチじゃない。よそ者が口出ししないでよ。
って言える強さがあのときの私にはなくて。
だから彼と私の会話にちょっと沈黙ができて。
せっかく打ち解けてきたのに。
すごろくで、ゴール直前で『振出しに戻る』のマスに止まってしまったような絶望感を覚えて。
ねえ、聴こえてた?
彼が催促してきて。
余計言い出しづらくなって。
この状況が、彼にもクリープハイプにも申し訳なく思えてきて。
もっと言い出しづらくなって。
愛に体裁の良し悪しなんてないってわかってても、私はどこかで気にしてて。
私は、彼に好きになってもらいたくて。
またクリープハイプにも傍にいてほしくて。
ほんと欲張り。
こんな私が私は嫌だ。
だから私はズルをした。
○○くんは誰のをよく聴くの? って彼に訊き返した。
小さくため息がこぼれて。
私は彼からの回答を待つ。

私はいつも大事な場面で逃げてしまう。
自分自身をうまく向き合えないでいる。
まるでこどもみたい。
大学進学も就職もなんとなくでやって。
ここまでなんとなくで生きてきて。
後悔も何度もして。
後悔するたびに誰かのせいにしてて。
そんな自分がほんと嫌で。
今度は大きくため息がこぼれてしまって。
彼が私の心配をしてくれる。
大丈夫って無理に笑って、会話を再開させる。
クリープハイプ。
彼が突然言って。
彼の唯一無二の声がそう言って。
私は信じられなくて。
電波が悪かったの、と聴こえないふりをして。
クリープハイプ。
今度はちょっと色っぽくて。

ちょっと! うそでしょ! 私も好きなの。クリープハイプ。

それから私たちはクリープハイプについて話し合って。
学生の頃から、クリープハイプの会話ができるほどのクリープハイプ好きが周りにいなかったので、そこで彼もクリープハイプが好きだと知れて、とってもうれしくて。
心の片隅、ちらりと《運命》の二文字が顔を覗かせてて(万引きGメンのように)。
それを感じながらも私は彼とクリープハイプの会話で盛り上がって。
電話を切ったあとにはぎゅっと大切なアザラシのぬいぐるみに抱き着いて。
嬉しすぎて泣いた。

もしよかったらライブでも行きませんか?

後日、LINEでそう送って。
オッケーをもらって。
すぐにチケットの抽選をして。
ドキドキの一週間は早くて。

結果はダメで。
なんか、クリープハイプに振られたような気がして、悲しくて。
なんでよ。どうしてなの。ねえ、ねえ。どこがいけなかったの?
その場にしゃがみこんで泣きたくなって。
ほんとに泣いたら誰かが助けてくれるかなって。
彼やクリープハイプが助けてくれるかもって本気で思ってて。
ふと顔を上げると、そんな私を路地から覗いていた《運命》を見つけて。
私はイラっとして。
《運命》のところに駆け寄ってそれを蹴っ飛ばした。
からんからん、と空き缶を蹴ったような感触は軽薄で。
こんなにもあっけない《運命》に私はときめいていたのね。
と、虚しくなって。
その感覚が、幼年時代の缶蹴りのようで。
缶を蹴ってみんなが私の傍からばあーっと散っていく。
私はまた缶を立てて、みんなを捜す。
いつだって私が鬼だった。
鬼の私は、どこかに散っていった彼とクリープハイプを捜す。

どうも彼もクリープハイプも意外と隠れるのは苦手らしくて。
二次選考で私は見事抽選が通って。
電話で彼と私で喜んで。
そのときに、もし彼に恋人がいたら、と思って。
恋人の有無を訊いて。
いないよ。○○ちゃんは?
いない。いるわけない。と答えて。
でも、もしライブまでに恋人ができたら、俺いけないかな。
彼がそう言うから、私はそうだね、じゃあお互い頑張ろうって、よくわからない返事をして。
電話を切って。
こちらを覗く《運命》の視線がうるさくて。
なかなか眠れなかった。
初めてのライブ。
しかも憧れの彼と。
眠れるわけがない。

その日からライブまで、半年ほどあった。

仕事にも慣れてきて。
陽が短くなっていって。
雪がちらついて。
クリスマスのイルミネーションが眩しくて。
気づけば年を越していて。
少しずつ暖かくなっていって。

ライブの前の週に電話をして。
最終確認としてライブに行けそうか、恐る恐る訊ねて。
彼は行けると答えてくれた。
正直、私はそのときまでの半年間、毎日恐かった。
もしかしたら、私とライブに行くのが嫌になって彼が恋人を作っていたらどうしようって。
裏切られたらどうしようって。
どこか遠くに行って、もう見つけられなくなったらどうしようって。

でも当日、私は新大阪駅で彼を見つけた。
私はとっさに《運命》という名の空き缶を踏んずけて。
「○○くん見っけ! 1,2,3」
それで私の傍に彼が笑顔でやって来る。

私は彼の案内で大阪観光をして。
その最中でも私はクリープハイプを捜してて。
でも、さっきの人ライブのTシャツ来てたよ。
って彼の方が捜すのが上手で。
ちょっと羨ましくて。

梅田に行って。
お昼ご飯を食べて。
あべのハルカスの中を歩いて。
ぷらぷらしてたらあっという間にライブの時間。

席はバックスタンドだった。
けれど、ステージにすごく近くて。
すぐに彼らを見つけることができた。
「尾崎さん、長谷川さん、小川さん、小泉さん、見っけ! 1,2,3」
それでクリープハイプは私のすぐ傍で歌い始めてくれる。
近くだからよく見えて、よく聴こえて、よく匂った。
彼もクリープハイプも。
でも私は逃がさないように、必死にしがみついていた。
隣で彼は恥ずかしそうにしながらも手を上げてリズムに乗っていて。
小川さんが激しくスッテプを踏みながらギターを弾いていて。
一緒に生きていきましょう。小泉さんの勧誘にぜひ乗りたくて。
長谷川さんのMCはほっこりして。
尾崎さんが歌うときに踵を上げていることを発見して。
逃がさないように、私は彼を、クリープハイプを目に焼き付けて。

でも、ライブは終わって。
気づけば足元には空き缶がなくて。
クリープハイプがいなくなってて。
しまった! と慌てて横を見て。
彼がいることに少し安心して。

夕ご飯を一緒に食べて。
私の予約してたホテルまで彼が一緒に来てくれて。
もうここで終わりなのかなって思うと寂しくて。
そこで私は告白した。
今日ライブで、生でクリープハイプを見て、彼らのことを好きでいてほんとによかったって思えた。それから、○○くんとも今日一日一緒にいれて、ほんとに楽しかった。ありがとう。
少し間をおいて。

好きです。良かったら私と付き合ってください。

でも、結果はダメで。
彼は苦笑を浮かべて私の傍から消えた。
私はひとりぼっちになってしまった。
私には誰かに蹴飛ばされた缶を捜す気力なんてちっともなくて。
ホテルの味気なくて、僕には無関係さ、と言わんばかりの匂いの中で泣いて。
情けで彼やクリープハイプのメンバーが捜しに来てくれないかなって。
やっぱりどこかで思ってて。
でも、来なくて。
知ってる。
だって私が鬼だもの。

もういいかい?
誰も返事しない。
もういいかい?
やっぱり誰も反応しない。
知ってる。
もう終わりなんだよね。
チャイムも鳴ったし。
いつもみんな私を置いて行っちゃうの。
わかってる。
みんな私の見えないところで幸せそうに笑ってるの。
私も帰らなくちゃ。

翌朝、私は朝一番の新幹線で東京に帰った。

その日以降、クリープハイプの曲を聴くのが恐くなった。
もう私には聴けない、そんな風に思ってた。
だって、彼はもういないし、クリープハイプももう傍にはいない。
私を置いてみんなどこかに行ってしまった。
本気でそう思っていた。
喪失感でどうにかなりそうだった。
こどもの頃は慣れっこだったはずなのに。

でも、数日後荷物が届いて。
クリープハイプの新しいEP『だからそれは真実』。
私はすぐに空き缶を捜した。
踏んづけた。
強く。
今度は誰にも蹴られないように。
「クリープハイプ、見っけ! 1,2,3」

それをきっかけに私はクリープハイプを再び聴いた。
DVDも見た。
発売記念の配信サーキット企画も。
尾崎さんの『ことばのおべんきょう』
長谷川さんの『朝にキス』
小川さんの静岡(私の出身地)嫌い判明
小泉さんの『タク飲み』
見つけたから、みんな私の傍にいてくれた。
歌ってくれた。
笑ってくれた。
小川さんは静岡も運転してくれた。
何より、みんな私を愛してくれた。

死ぬまで一生愛されてると思っていてもいいですか?

ライブで尾崎さんがそう言ってくれたことを思い出して。
クリープハイプがそう言ってくれているのなら。
大好きなクリープハイプがそう望んでいるのであれば。
私は、私もそれを望む。
しっかり愛してくれている。
毎日、そう思うから。

ほんと出会えてよかった。
素直にそう言える出会いなんて今までにこの一度だけ。

見つけられてほんとによかった。
本気でそう思えるのはきっと一生でこの一回だけ。

ずっと傍にいてくれるよね。
死ぬまで一生一緒だよ。
空き缶をぺしゃんこにして、誰にも蹴られないようにするから。

あ、
夕焼け小焼けのチャイムが鳴って。
よい子は家に早く帰りましょう。
ね。
じゃあ、また明日。この公園で。みんなが綺麗にしてくれたあの公園で。

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