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お笑い芸人の凄さ。

こんばんは。

本日も失礼致します。
れふとで御座います。

本日はタイトルの通りなのですが、決してふざけたネタ?記事?ではなく
真剣にお笑い芸人という職業の凄さについて勝手な私的意見を述べさせていただきたく存じます。

私はお笑いが大好きです。
何が好きって笑わせてくれるからです。

他に理由なんていりません。

笑うところに福が来るとか、
笑いは病気も良い方向へ向かわせるとか、
暗い顔している人よりも笑っている人のところに人は集まると聞きますし、

笑い、笑顔は人を幸せな方向に向かわせる力があると思っています。

しかしながら、生きていれば辛いこともありますし、笑っていたくても
笑顔でいられない瞬間、時期は誰にでもあると思うのです。


私が上京してから完全に闇に飲まれていていた22歳から23歳頃、救ってくれたのもお笑いでした。
10代の時に私は鬱病のような症状になり、結構どん底でした。
病院に行って正しい治療を受けるべきだったのかもしれませんが、
薬に頼らないと生きていられない自分 というのが何かとても罪悪感を感じ病院にも行かずそのまま上京。

時間が解決してくれるかと思いきや何も解決されず20代前半は音楽的にも軌道に乗るまで時間を要した為、
かなり辛い日々でした。

心が死んでいると体調も崩れる事が多く、
仕事に行く気力も体力もメンタルもなく、夜は眠れずなぜかお湯もはっていない湯船で何時間も歯を磨いていました。
口の中が血まみれになっていく事で少し毒素が出ていくような、
リストカットに近い感覚なのかもしれませんが、そんな景色が少しだけその場を救ってくれるように感じていました。

結果歯がぐらついてしまい、長くは続かずその生活を抜け出せることとなりました。
私はとても、とても弱い人間なんだと自負していましたし、その上で闇はより濃さを増していっていたと思います。

曲を作りながら自分の闇に籠り、何もしていないのに苦しくて寂しくて、
キッカケのない涙がよく出ていた頃、
PCでたまたまGYAOの存在を知り、ピックアップされていた吉本∞の動画を見ました。
その当時はブラマヨを始めその頃勢いのある芸人達が90分間、
フリートークをしたり、お題に沿っておしゃべりをするような感じで、
笑う元気が出ない状態ではありましたが、ただひたすらに上から下って動画を見続けました。
理由もわからず、ただただ無心で。

1日で5,6本くらい見ていたと思います。

「目も上下ズレてて、鼻も口もぐっちゃぐちゃの配置なのに笑顔になったら
ガッシャーンって揃ってめっちゃ可愛なったらどないする?」
みたいな事を吉田さんが仰っていて、小杉さんが皆さんご存知のセンスで綺麗に突っ込む。

そのシーンで私は「いやパーツ揃う前のそいつ…」と心の中で突っ込んでいました。

ダークナイトのヒース・レジャーみたいな顔をしている自分がモニター越しに見えたのを記憶しています。

ヒース・レジャーはかっこいいですが、私の顔はただ純粋に気持ち悪かったです。

それでも本当に、本当に久しぶりに口角が上がった気がしました。
リハビリの時のような違和感を顔面に感じた事は今でも記憶に新しいです。

その時私は「あ、」と思えたのです。
お笑いは昔から本当に好きでよく笑っていましたが、
辛い時に見た時、素直な笑顔にはなれなくても、笑顔を引き出すキッカケを作ってくれました。

それから少しずつ笑えるようになってきて、
作る曲は暗い曲しか作れませんでしたが、歌詞の内容の中に希望が2%くらい芽生えたように思います。

お客さんだけじゃなくて、お互いが笑わせ合うようなブラマヨのコンビ愛が見える事、
本人達が何より楽しんでいる事も、きっと私の心にすっと入ってきた理由のように今では思えます。


ライブをすれば緊張もするし、それはお客さんにも伝わるものです。
売れないバンドマンの持ち時間なんて30分ほどで、緊張が解ける頃にはライブが終わってしまう
本当のパフォーマンスを発揮できないバンドマンも多数見てきましたし、
当時の私もそんな残念なパフォーマーだったと思います。

そんな中たった4分の漫才で、緊張が伝わり、笑いにくい空気になってしまう事もあったり、
知らない漫才師が出てきて「どんなもんやねん」みたいな目で見るお客さんも多数いる中、
実力を発揮する事が笑いとして試される。

そんな世界で笑いと笑顔を作るお仕事というのは、人前で自身をパフォーマンスするお仕事の中で最も難しい世界の1つのようにも感じるのです。

ライブの前日、とても辛い事があったとしても、その上で笑いを取りに行って、笑いに変えてしまうんだろうなと考えると
今でも私を魅了してなりません。

どんなものでも真剣になればなるほど、笑顔になる回数は減っていく中、
真剣に、真剣に笑いを突き詰めて笑顔を作りにいくという素敵な矛盾
控え目に言ってもかっこよくて仕方ありません。

私は真剣に、緊張している中で人を笑わせる事はきっとできません。

笑われることはあったとしても。


お笑いは楽しませるだけではなくて、人を救う事も出来てしまう素晴らしい職業なのだと今でも信じて疑いません。

辛い時や苦しい時、私はお笑いに救われましたが、人によって何が救いとなるかはわかりません。
なので、闇に籠ってしまうよりも表に出して少しでも闇から抜け出せるキッカケを探す事は決して悪い事だとは思いません。

身近に助けを求められる人がいない場合であっても、愚痴を吐き出すだけでも、
他愛ないおしゃべりをするだけでも楽になれる事があるかもしれません。

好きと思えることに没入したり、何かアクションを起こしていただければと思うのです。

もし、私なんかでお役に立てるなら、といつでも思っています。


私の記事がちょけていたり、暗かったりするのも本当はあまりよくないのかもしれませんし、
一貫して、テーマがしっかりと決まっているnoteの方が見てくれる方にも伝わりやすいと思いますが、
私は嘘がつけないし、ついてもすぐバレる人間ですので、
喜怒哀楽その全てが私で、ここでは偽りなくありのままを表現していきたいと思っています。

ただ、
お笑いの記事を書いていてヒース・レジャーの名前を出すのも私くらいかもしれません


どうか、自分を偽らず、あなたらしくいてください。
オススメは是非、お笑いを真顔で見続けてみてください。

きっと最初は、心は泣いたままでも ふと、あの頃の私のように
ヒース・レジャーみたいなニヤケ顔が出る瞬間が訪れるかと思います。

それでは、またどこかで。




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