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#2_新歓ビラのシャワー。

2010年、春。ぼくは大学生になった。ぼくには3つ離れた兄がいて、高校まではそれなりにイケてる存在で。そんな兄は大学で友だちができず、4回生になって退学の道を選択した。

大学は 初手でミスれば 死あるのみ

そんな句を残して、兄は自分探しの旅に出た。にしても、なぜ4回生で退学するんだ、兄。とにもかくにも、ぼくの命題は「キャンパスライフを楽しみ尽くすこと」なわけで、そのためにも入学式からブリバリに張り切っていた。

その大学は山の上にあって。急行も止まらない痩せ細った駅は、数千人の学生を運ぶ屈強な舎には見えず。駅を一歩出れば、なんとも牧歌的な田園風景が広がっていた。

疎開かな。

とにもかくにも桜咲きほこる坂道をてくてくと歩く。登校意欲を削る田辺坂。冬は暑く、夏は暑い。この坂を2年も登るのか…

駅から歩くこと20分、大学ににたどり着いた。ここから、ぼくの華々しいキャンパスライフがはじまるのだ。門をくぐるとそこは、まるでお祭りのようだった。

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何百人もの学生が、めいめいのサークルパーカーや、色とりどりのシャカシャカに身を包み、勧誘ビラを配っている。ぼくはモーセのように、勧誘の海を割って歩いた。全サークルが自分を必要としているように思えて、気持ちがいい。すげーや大学。肩で風切り歩いていると、一人の女性に声をかけられた。

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ないよ。ないけど、あなたきれいだ。とてもきれいだ。その女性は圧倒的にきれいだった。年齢的には、たかだか1,2個くらいしか変わらない。だけどそのお姉さんは本当にきれいで。

大学生ってすげえ。

とまじで思った。大学で女性は化ける、とモノの噂に聞いてはいたが、ここまでかと。お姉さんの色気に魅了され、ぼくはヨット部に入ることを約束した。「ぼくは入学式に行きます。でも必ず戻ってきます。待っていてください。」ヨット部のビラをもらい、体育館を目指して勇んで歩く。その間もほいほいと勧誘ビラは自動で積み上げられていく。

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ヨット部に入ることは確定している。でもまぁ、とりあえずビラには目を通そう。入学式が行われているあいだ、ぼくはビラの選別に忙殺されていた。

サークルに 入りそびれば 死あるのみ

兄の遺した言葉を固く心に刻み、心を鬼にしてビラを捨てる。写真がダサい。つまんなそう。このサークルは誰に需要があるんだ。

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そんな流れ作業を淡々とこなしていると、ヨットの帆風に舞い上がった気持ちが、ふと冷静になった。「え、ほんまに入んの?」「ヨット興味ある?」「海とか嫌いやん。」心に住むロゴスまんが正論をぶつけてくる。

「でもあのお姉さんと約束したじゃん。」「悲惨な高校時代の恋愛を思い出して!」「ヨット部入れば付き合えるかもよ!」パトスちゃんが、背中を押してくれる。うーん…

いや、あんなきれいな人が付き合ってくれるかー!

危ないところだった。これがハニートラップというやつか。初手でミスれば死あるのみ。兄の言葉を胸に和彫る。

船酔いが覚めると、急に腹が減った。入学式も終わり、ふらふらと食堂に向かう。「あれ?野球部の子じゃない?」そこにはイケイケの女性をたずさえた、長身の男が立っていた。

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たしか同じ高校に、こんな人がいた気がする。それは、ぼくが高1の時に高3生だった、P先輩だった。「うち入ったんや!おめでとう。わからんことあったら聞きや!」知り合いが一人もいない状況で、上級生がしゃべりかけてくれるこの状況は救いだった。

何を聞こうか。そうか、サークルのことだ。
「あの、ヨット部ってどう思います?」
「ヨット興味あんの?」

ないよ。

「じゃあどこがオススメですか?」
「とりあえずテニサーちゃう?」

これがテニスサークル「WHITE」との出会いだった。
(つづく)

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