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つんでるシネマログ#2 SF核戦争後の世界 スレッズ

原題:Threads
1984/イギリス  上映時間112分
監督:ミック・ジャクソン
出演者:カレン・ミーガー/リース・ディンズディール


核爆弾が落ちた後のシュミレーション

 『SF核戦争後の世界 スレッズ』はイギリスのBBCが制作した疑似ドキュメンタリーでテレビ放送された映像作品、テレビ映画です。

 物理学、医学、農学、心理学など様々な見地からシュミレーションされた、核戦争の余波を描き、徹底したリアリティとドライな視点が、とてもショッキングな映画です。

 冷戦の時代は核戦争と人類滅亡への恐怖が今よりもずっと身近なタイミングでした。1984年に制作された本作はテレビ放送されるがいなや、大反響となり、イギリス国内では伝説扱いのテレビ作品となった一作ということです。
 
 映画はその時代を写す鏡でもありますが、狼男や吸血鬼など怪奇が映画における恐怖の花形であった時代が過ぎ、共産主義と資本主義が対立の時代に差し掛かると、怪物などの幻想的な存在は、宇宙人などに恐怖の対象を置き換え、外側からの「侵略」が身近な恐怖へと変わっていきます。『スレッズ』は、ソ連とアメリカの冷戦がはじまり、核戦争の現実味がいよいよ増してきた、そんな時代のリアルな問題提起として作られた映画だと言えるでしょう。

 1984年前後には冷戦という時代を反映して、核兵器を恐怖の対象とした映画が、たくさん作られています。例えば機械との核戦争と、その後を描く「ターミネーター」第1作も同じ1984年が公開の映画だったりもします。

 当時の情勢を憂う気持ちから生まれた映画では有ると思いますが、けして政治色や明確なメッセージが強い映画では有りません。メッセージとして読み取れるものが有るなら、反戦と反核、そしてそれ以上に「核兵器の恐ろしさ」そのものを伝えるような映画です。

核戦争の地獄絵図

 前半は核戦争が起こるまで、後半は核戦争後の惨状を映すのみのシンプルな構成で、テロップによる説明や、ナレーションを挟んで進んでいきます。ドラマ的な盛り上がりは一切ありません。登場人物も様々で群像劇的に進んでいきますが、妊娠中のルースという女性の姿を観客はひとつのガイドラインとして観ることができます。

 舞台となるのはイギリスの都市シェフィールド。市井の人々の生活に、ニュースで語られる、ソ連とアメリカの中東イランでの争いが影を落としていますが、住民は「怖いね」と思っているだけで、その間に事態は深刻化していきます。

 この部分に関してはかなり身近なリアリティを感じるものがあります。「へー怖いね」と言っている間にCOVID‑19が日常を覆ってしまった昨今の日本ともリンクします。いつの時代も目の前に危機が迫らないと動けないというのは人間の性なのかも知れません。危機が近づくにつれて食料品を買い込む人々や、それによって値段を釣り上げる店側など、これも最近どこかで見たような光景です。

 そうこうしていれば、割と唐突に核兵器がイギリスで炸裂。核による破壊のシーンはこの手の映画の見せ場ですが、予算の都合などもあったのかも知れませんがサラッとしています。ですが実際に建物が崩壊する映像や、瓶が瞬時に溶ける映像などを使い、短いながらも印象的に描かれています。

 そしてここから生き残った人々の悲劇が始まります。火傷や放射能の被害、飢餓、そして太陽が雲によって遮られたことによる寒さ、といった事が次々に襲いかかってきます。
 
 シェルター閉じ込められた人々、死んだ赤ん坊を抱いた母親、瓦礫だらけの町、治安維持の為と振るわれる暴力など、見るに恐ろしい描写が、淡々が連続していきます。そして、その場で撮ってきた様なモノクロの写真が時折挿入され、まるで実際にあった事の様に、悲惨な現状を次から次へとこちらに見せつけてきます。

 これだけでも十分恐ろしいのですが、この映画はまだまだ終わりません。

アフターマスの世界

↓以下、映画の結末に触れています↓

 本作のタイトル、「スレッズ」とは何かは冒頭に説明されます。糸のことですが、この糸は文明社会の事でもあるというのです。この社会は様々な事が糸のように幾重にも張り巡らされて出来ている、それが社会の強みであり、社会の弱点でもあるという事がナレーションで語られます。

 それがどういう事かは、この映画の終盤。核戦争から10年あまり経った
世界を観ていると分かります。復興どころか、生きるのも恐ろしい世界がそこには広がっています。

 生き残った人々が何とか暮らしているのみで、そこには希望も復興の何の手立ても有りません。

 この核戦争後の世界では、教育が機能していません。子どもたちは簡単な単語しか話せず、本能で動く動物に近づいてしまっています、盗み奪い犯すという様な有様です。

 人は少なく、放射能で蝕まれ、食べ物もなく、文化、文明と呼べるものは、もちろん無いです。その日を生きる事で精一杯。こんな世界では復興という事すら考えられ無いでしょう。考えたとしても、人も物も知恵も何もないのだから不可能なのです。

 この映画のラストシーンは妊娠していたルースが何とか産んだ子どもが荒廃した世界で生き延び、そしてまた、いつのまにか妊娠し出産するシーンで終わります。出産というのは、本来なら未来を予感させる、希望に溢れたシーンですが、本作では違います、最後に生まれてきた赤ん坊は、放射能で蝕まれ、死んだまま生まれてきます。

 「スレッズ」と冒頭に語られた通り一度、崩壊しきった糸はけして元には戻らないのです。核戦争の被害は致命的である事をこの映画は描いています。救いは有りません。なぜならこの映画は徹底した最悪のシュミレーションだからです。

 本当の世界の終わりです

 撮影監督のアンドリュー・ダンはこの映画のメイキングの中でこのような事を言っていました。

「核の怖さをもう一度思い起こさせたかった」
「フィクションとして人々を楽しませながら、人々を啓蒙したかった」

 この映画の描きたかったものは端的にこれに集約出来るなと思います。というか、これ以外には何もない映画にすら思えます。

 自分はこの映画を見た時に「この世界なら死んだほうがマシだな」と思いました。誤解を恐れずに言うと、この映画を見ると、核兵器の爆発で一瞬の間に死んでしまう方が遥かにマシだと明確に思えます。これはある意味、最悪の未来が描けているということではないでしょうか。

広島と長崎

 この映画はシュミレーションです。そして、それを可能にしたデータがもちろんあります。それは世界唯一の被爆国である日本。もっと言えば広島と長崎です。

 こんな事わざわざ言わなくても良いのかも知れませんが、監督及び制作に関わった人たちは、もちろんそこを源流にしています、というか、するしか無いのですが…

 なので、日本に核が落ちた、そこからの余波として生まれた映画だということも言えると思うのです。だとすれば、本作に写っていた人々は日本の原爆投下の影でもあります。

 これは例えばですが、広島にはABCC(原爆傷害調査委員会)というものが戦後設置されました。「はだしのゲン」などにも出てきたので知ってる人も多いと思いますが、ここでは原爆の影響で亡くなったと思わしき遺体を、調査の為に買い取っていた事がありました。当時、葬式が出せないが為にABCCに遺体を売り、そのお金でなんとか葬式を出したと言うような話も聞かれます。そうしたところで積み上がったデータからこの映画は生まれたと思うと何とも言えない気持ちになります。

照らし合わせること


 ざっくりとした話ですが。この人の文明社会は、実際に起きた事を何度も語ることで発展してきた経緯があると思います。風化させない為、危機意識を持つ為に、物語として語り直す事で、何度でもその時の事を思い出し、忘れないようにする為です。

 映像技術も無かった頃は、文章で伝え、さらにそれ以前では口伝でそれを人類は行ってきました。その度に余計な部分を端折ったり、話をうまく伝えようと、演出されたりという事が繰り返されていく事があります。作り話(フィクション)の体をとることもあるでしょう。そうやって人は語り継ぐことで話を結晶化していきます。それはもちろん残すために。伝えるためにです。

 『スレッズ』はまさに核の恐ろしさを伝える為に結晶化された映画です。これを見ればすぐに、とても強い核の恐怖という感情にアクセスできます。それがこの映画の優れた点です。もちろんこの映画に限った話では有りません。映画というのはどれも何かの結晶ですし、他の核兵器を題材にした映画も同じくだと思います。

けど『スレッズ』を見ていると、その結晶化の時に、こぼれた落ちた物の事を考えてしまいます。

 この映画で描かれる事は全てあくまでシュミレーションされた「最悪の結果」の羅列だからです。

 結果だけの、この映画は「こんな事に本当になるのかな?」という疑問が常に付きまとう様な映画でもあります。またそれが、この映画の狙いでも有ったのかなと思います。

 このシュミレーションの勘定に入っていない要素というものも、たくさんあるはずなのです。

 この映画は最初にも書きましたがテレビ映画でした。放送時にはイギリスのたくさんの人々の間で見られ、そして次の日に学校で、職場で、世間話で、様々に話し合われたと想像できます。そしてこのシュミレーションでは計上されていない様々な事を計上して、自分の事や、他人の事に照らし合わせて、核戦争について想像しを巡らせた事だと思います。

 それはきっと、どんな映画でも、その他の娯楽、芸術でも同じ事なのですが、改めて、そうやって映画を噛み砕いて理解する事や、そこで描かれている事を想像する事には価値があるなと、この映画を見ていると思わされます。

 『スレッズ』は、大きなショックを与える、というシンプルな映画です。一目で核兵器は怖い、使ってはいけない、という気持ちにさせられます。だから優れていると言っていいでしょう。

 そしてシンプル故に想像することの余地を残した映画です。

 ミック・ジャクソン監督は後の日本でのBlu-ray化の際に取材でこんなことを言っていたようです。

「ほとんどの市民は、実際の核戦争など想像もできないでしょう。あまりにも日常からかけ離れているので、理解が追いつきません。理解できなければ、有意義な議論もできないんです」


『SF核戦争後の世界 スレッズ』から連想した映画達

ひろしま
戦後すぐ、1953年の広島で実際の被爆体験者などがエキストラなどで参加した映画。原爆投下直後の悲惨な状況の再現にかなり注力した作品。モノクロながらその物量は圧巻。

The War Game
同じくBBCが1964年に作っていた核兵器のシュミレーション映画。
これも一緒に再販してほしい。日本版ソフトは無いのが残念。ネットをサーフィンしてれば見つかるかも

ウォー・ゲーム
上記の映画のタイトルから芋ツル式に思い出した映画。
高校生が国防省のコンピューターにアクセスし核戦争の驚異が…と言うお話


メモ

監督:ミック・ジャクソン
イギリスの映画監督。スレッズの他に有名な作品として、ケビン・コスナーとホイットニー・ヒューストンが共演した「ボディガード」やディザスター映画「ボルケーノ」がある

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