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オンライン授業千秋楽を迎えた日

この4月以来3ヶ月におよんだ東大理学部の「生物統計学」オンライン高座が昨日7月9日(木)に終わったので,忘れないうちに下記に備忘メモを残しておく.

講義内容は例年の “80%” ほど

例年通り全12回の高座だったが,4月9日(木)と4月16日(木)は「試行回」という位置づけだったので,実質的な講義は4月23日(木)から開始された.スタートが遅かったので,その後も順繰りに講義項目を後にずらしていったが,後半の多変量統計学やベイズ統計学については内容をかなり端折ることになり,リサンプリング統計学については講義予定から削ってしまった.対面授業に比べてオンライン授業では話すスピードを遅くしたことも原因の一つだったかもしれない.いずれにせよ,例年よりも講義時間が実質的に少なくなることは最初からわかっていたので,講義内容を減らすことは想定内だった.

実習は意外なほどスムーズに

スライドによる講義は mac OS の方で行った.一方,オンラインでの R 実習をどう進めるかについては最初かなり不安だったのだが,当初危惧していたよりははるかにスムーズに進められたのではないかと思う.Zoom での画面共有機能と Windows 10 on Parallels Desktop 環境での ZoomIt アプリを使った画面拡大を利用することで実習上とくに問題は生じなかった.Zoom の画面注釈機能はあまり役立たなかったので,Windows 専用の ZoomIt の注釈機能を駆使した.

毎回の講義では “インターバル化” を遵守

講義時間は毎回「105分」なので,予定通り「(25分講義+10分休憩)×3=計105分」の “インターバル化” にしたがって,ちゃんと休憩を取ることを心がけた.間に休みをはさまずに講義を続けることは,受講生側に負担なのはもちろんだが(アンケート集計を見るとたしかに「休憩タイム」の要望が多い), “噺家” である教員の側も疲れてしまうので適切な措置だったと思う.場合によってはその休憩時間内にトラブル対処をすませることもできた.

オンライン送受信はまずまずの接続状況

本講義では MacBook Pro を使ったオンライン授業を行ない,サブマシンとして同スペックの MacBook Pro を横に常備した.さらに,オンライン講義の受信モニターとして iPhone をマイクオフにして Zoom 会議室に別途入室し,映像と音声の受信状態をチェックした.インターネットの接続状況については各受講生側の事情にもよるが,大きな問題はほとんど生じなかったのではないか.ときどき,送信側あるいは受信側の電波状況が悪くなって,画像や音声が届かない事態が何度かあったが.

受講生は “カオナシ” でもいいでしょう

オンライン講義の際に受講生側のビデオを ON にして “顔出し” することを要求する教員もいると聞いたが,ワタクシの場合は最初から受講生は “カオナシ” でいいことにした,というか,初回講義で受講生の “顔出し” がどうこうという話題すら出さなかったので,最後までほぼ全員が “カオナシ” だった.お互いの “顔” が見えないと受講生どうしがつながれないかなというよけいな心配もないわけではないが,大学院生なんだしそれはまあいいでしょう.

教員は誰でも(意識するしないに関係なく) “噺家” として高座に上がる.オンライン授業はこれまで経験したことのない “お座敷” だ. “噺” をする一教員側からいえば,最初のうちはまるで “虚空” に向かって “一人芝居” をしているようで,どうしようもない不安というかつかみどころのなさは確かに感じていた.リアルな対面授業にずっと慣れてきた教員はそれがいやで受講生の “顔出し” を求めているのかもしれない.「 “顔出し” するのが礼儀(マナー)だ」とかいう強弁は教員側の不安感の裏返しにすぎない(相手が小中学生だったら話は別だが).たとえ目の前に “お客” が誰もいなくてただマイクが立っているだけの状況でも,ネット越しにちゃんと相手に伝わる高座を務め上げるのがプロの “噺家” の矜持だろう.

噺をするワタクシはもちろん “顔出し” しないわけにはいかないが,背景は,よくある “ヴァーチャル画像” ではなく,ワタクシの居室の “リアル画像” に設定した.それでなくてもオンラインだと “実体感” が希薄になるので,せめて背景画像くらい “リアル” にしておいた方がいいだろう.あと,ウェブカメラをセットしたMacBook Pro の下に厚めの本をはさんで “嵩上げ” することで,講義時に “上から目線” にならないよう配慮した.また,とくに出欠をとることはなかった(リアル対面授業でもずっとそうしてきた).

“噺” はリアルタイム配信にかぎる

オンラインで授業をすることが決まったとき,最初に気がかりだったのは「顔の見えない相手に向かってはたして “噺” ができるのか?」という点だった.しかし,何度かリアルタイムで授業を進めるうちに,対面授業のときと本質的には何のちがいもないことに気がついた.もちろん,オンライン授業では受講生の顔がぜんぜん見えないので,反応の有無を表情からすぐ実感できないことは確かだ.しかし,それは対面授業であっても似たような状況ではないだろうか.むしろ,目の前に座っていようが,ネットの向こう側にいようが,リアルタイムで話しかけることができるという点こそワタクシにとってとても重要だ.

毎回の講義の Zoom 動画ファイルは平均して500MBほどのサイズになった.リアルタイム配信しなければもっとファイルサイズは節約できるはずだと主張する “データ・ダイエット運動” に与するつもりはさらさらない.リアルタイム配信がワタクシにとってはゆずれない一線ということになる.

リアルタイム配信した録画(Zoomクラウドに保存されている)はすべて “無編集” のまま受講生に公開している.講義の録画をすべて事後公開することで,リアルタイムでは参加できない事情があったり,ネット接続が不安定でつながらなかった受講生にはとくに役立ったようだ.聞くところでは録画を “倍速再生” して時間を節約するという抜け道があるらしいが,残念ながらワタクシの場合もともと早口の傾向があるのでその手は使えなかったのではないかと推測する.

質疑応答とトラブル対応はその場で

講義内容に関する質疑やR 関連のトラブル・シューティングは,Zoom の音声やり取りやチャットあるいは Slack の会議室で行うことで個別対処することを心がけた.教室での対面講義のときも机間巡視で質問に答えていたが,オンラインの場合もやり方を選べば同等の質疑対応ができるようだ.受講生からの質問も多かった.対面授業のときは質問の声が上げづらい場合でも,ネット経由だともっと心理的ハードルが下がって気軽に質問できるようで,オンライン授業の前後には頻繁に質問が飛んできた.

むしろつまづいたのは講義期間中にあった R のメジャー・アップデート(version 3 → version 4)に伴うトラブルだったかもしれない.以前の手痛い経験から R のバージョンアップにはすぐ手を出してはいけないという “教訓” があったはずだったのだが,今回もそうなってしまった.個々の受講生が R 環境を自力で構築するこれまでのやり方ではなく,クラウド環境での R 実習システムをつくった方が将来的には望ましいかもしれない.

講義前後にはこまめに連絡を

毎回の講義に先立って内容の予告と教材類のダウンロード通知をし,講義後には内容の要約と Zoom クラウド録画URLを ITC-LMS でアナウンスした.それと並行して Twitter のハッシュタグ #TodaiStat や Slack 会議室〈生物統計学2020〉経由で重ねて周知をはかった.ITC-LMS にログインできなかったり接続が重かったりしたときにも,Twitter や Slack から同じ情報を得ることもできるからだ.重複をいとわず,ややしつこいくらい頻繁に情報を流したが,結果的にはよかったようだ.対面授業のとき以上に,オンライン授業のときは受講生とのネット通信手段を複数用意しておくといざというときにまごつかない.

例年,「生物統計学」の成績評価は学期末のレポート提出のみで行っている.オンライン化された今年度もすでにレポート課題を出題している.毎回小テストをするようなことは端っから考えていないので,ある意味 “一発勝負” 的な色合いはある.R による統計データ解析を問うレポートなので,データファイルの読み込みや R / Rcmdr / RStudio の作動などについて質問が届きしだいそのつど回答するようにしている.

オンライン授業の光と影

さて,オンライン授業という新たな扉がいったん開かれてしまったからには,今後はもうリアル対面授業にまた逆戻りすることはきっとできないだろう.ワタクシたちは新しい道を見つけてしまった.授業だけではない.大小さまざまな会議やセミナーあるいは学会大会までオンラインで開催される時代がいきなり目の前に到来している.どのように使いこなすのかはこれからの慣れにかかっているだろう.それでも「オンライン〜」という選択肢が今後は常備されることはまちがいない.選択肢が広がることそれ自体に異論はまったくない.

実際にオンライン授業を続けてみると,対面授業ではつねにマイナス要因だった,たとえば教室の後方からはスクリーンが見えづらいとか講師の声が聞き取れないというような物理的空間に派生する問題は,オンライン授業では最初からきれいに解決されている.また,R 実習の細かい操作あるいはスクリプト入力は,対面授業のときに比べれば,むしろやりやすかったのではないだろうか.こう考えると,異論の余地なくオンライン授業に軍配が上がる点はいくつも列挙できる.

その一方で,ワタクシの「生物統計学」だと毎週木曜の4限に常時40名ほどの受講生が “オンライン教室” に集まってきたわけだが,けっきょくワタクシはこの「生物統計学」の受講者たちがどんなリアルな存在(人間)なのかを一度も見ないまま授業が終わってしまった.ごくたまに何人かの受講生から質問を “肉声” で受けることが唯一の “実在性” の証だった.ほんとうにそれでよかったのか?と問い詰められればきっと答えに窮するだろうなあ.

最後に — サポート体制のありがたさ

Sセメスターが始まる前の3月時点では,オンライン授業に関する情報が末端の非常勤講師までぜんぜん伝わってこなくて,連日さんざん “悪口雑言” を吐き散らしていた.しかし,その後はオンライン授業の開講にともなうさまざまな情報が怒涛のように押し寄せてきて,それはそれでまたタイヘンなことになった.しかし,東大が全学的にさまざまな組織レベルでサポート体制(〈オンライン授業・Web会議 ポータルサイト@ 東京大学〉,学科・専攻ごとの支援,各教科へのTAの配置など)を速攻で整備してくれたおかげで,オンライン授業について何も知らなかったビギナー教員がまる一学期間のオンライン授業をまがりなりにも完遂することができたことはまちがいない.どうもありがとうございました.

[2020年7月10日作成|2020年7月12日改訂]

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