![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/109437728/rectangle_large_type_2_4bca69c64cc0c7a99d7935c18cc7856e.png?width=800)
どうして人間の顔には毛が生えてないの?
昨日の記事「鳥は暑くないのかな?」👇から
「毛」についての面白情報をいただきました~。
のりこさん🙏ありがとうございます🌈🐒
( *´艸`)
宇宙からしたら、地球人は顔だけ毛がない生き物~だって(笑)
確かに、人間だけが顔に毛がない。あと猿🐵
「星人地球植民説」という本に書いてあったそうです。👇
面白そう🤩
チャットGPTが何でも教えてくれる~ヽ(^o^)丿 👇
🌸どうして人間の顔には毛が生えてないの?
進化の過程で、人間の顔には他の哺乳類と比べて比較的少ない毛が残りました。これは、顔の皮膚が感覚を伝えるための触覚や表情の変化を容易にするための進化の結果と考えられています。
また、人間は社会的なコミュニケーションや表情の認識に顔の表情を重要な情報源として活用しています。顔に直接アクセスし、微細な表情の変化や感情を読み取ることができるため、顔の特徴がはっきりと見えることが重要です。
さらに、進化の過程で人間はツールの使用や火の利用など、独自の方法で寒冷地に適応してきました。そのため、寒さから顔を保護するために厚い毛が必要なくなったのかもしれません。
総じて言えば、人間の顔には毛が少ないのは、社会的なコミュニケーションや感覚の重要性、および進化の結果と考えられます。
なるほどですね。
人間は言葉によるコミュニケ―ションをとりながらも、非言語的コミュニケーションである表情や仕草なども読み取っている。
他の動物はある意味テレパシーでの会話だから(そうなのかな?知らんけど😜)表情を読み取る必要がない!
で、最近話題のネドじゅんさんに繋がりました(笑)
(マイブームがが苫米地博士からネドじゅんさんに移った( *´艸`))
こちらの動画から👇
🌸前面の自分と後ろの自分
「わたし」という意識はどちらかというと前面、顔の辺りにある。
後ろは、肉体感覚や、神経、触覚、感じ取るところ。
前面の自分は左脳意識。人から見られたい自分を創り出す。
お化粧したり、身だしなみを整えたり、人からどう見られているかを氣にするところ。鏡で見ることのできる自分。
わたしが、わたしと思っている場所ですね。要は顕在意識かな。
この自分さんはめちゃくちゃ頑張っています。
実は、この前面だけってそんなに力がないのに、完璧に、完全にしなければ~とストレスを一挙に引き受けている。
だから、無理をし続けると顔面神経痛になったり、表情がなくなったりしてしまうのでしょうね。
自己完成=めざすべきこと
というプレッシャーが左脳を過剰にしている。
社会や自分からの誇大な妄想により、ストレスが溜まりにたまり、もっともっとと無限地獄にはまってしまう。
現実化の風潮の闇の遺産として、
充分に自己完成さえすれば、「悪い」ことが一切起こらない秘密のディズニーランドへのVIP入場券を獲得すると、決めてかかっているのだ。
このように、左脳中心の生き方はちょっと苦しいし、左脳は認知を切り出す部分だから、どんどん孤独になっていく。ということですね~。
今までの分離の生き方。
そして、トーシャ・シルバーさんのパワフルサレンダーな言葉👇
最愛の神よ。
本当に必要なものごとは、あなたの恵み深さを通してすべて常に満たされていると、そう完全に信頼している者に私を変えて下さい。
こうしてみると、今まで提唱してきた、夢をもったり、目標や目的を掲げて前に進むことと逆説のように聞こえますが、、、、そういうわけでもないのです。詳しくは👆動画で_(._.)_ 上手く説明できず、、、🙏
テーゼ・アンチテーゼ・ジテーゼですね(*^-^*)
アウフヘーベン🌈
わたしを後ろの自分で見てみる。
はい!ここで~\(^o^)/
また、繋がってくるのは、teruさんの記事👇
360度の自分を感じる意識で生きていると、すごく繋がっている感じがするんです。自分の中で最も在りたい状態に繋がれる感じです。
360度、まずは背中側、首の後ろに注意を向けると、椅子に座っている自分をさっきまでと違う角度から眺めている感じになり、重心が自分の中に戻ってくる。自分に繋がってくると同時に、視野も広がって選択肢や可能性が増えたり、自分と周囲、世界が繋がっているシームレスな感覚が取り戻しやすい。
「私が何をするか」という前に向かう力と
「日々を生きている」という「イマココ」の感覚が同居してくる。
そして、視点を後ろに置いたら平面世界から抜け出して、イデアの世界へ開放されたteruさん👇
そうしたら、全てが平面に見えちゃった😳
3次元の檻・マトリックスから抜け出したって事ですね〜😳
《触感と視覚は別次元。
物体を触った時に時間が生じ空間が奥行きを持つ。
普段の見えている世界は感覚的に奥行きのある世界に自分がいるように捉えているが、本当は見えている世界に自分は存在してはいない。人間の意識はものの内部に落ち込んでいる》
視覚・聴覚は前面の自分ですものね。
そして、触覚・感覚は後ろの自分。だから違う次元なんだと納得です。
信じるべきは体感、身体の感覚(*^-^*)
ぼたんさんのヌーソロジー記事も必見です👇
よくヌーソロジーで例えられる話にプラトンの洞窟の比喩というのがあるのですが、これは古代ギリシャの哲学者プラトンが提唱したイデア論の中に出てくる比喩で、洞窟の中に閉じ込められた人間達が松明によって洞窟の壁に映し出された影を実物だと思い込み、それを世界だと思い込んでいるというものです。
しかし彼らが見ているのは実物ではなく全て影であり、洞窟の外には明るく美しいイデアの世界が広がっているにも関わらず、彼らが後ろを振り返ることはありません。
・・・・・
意識を反転させることによって三次元の檻に閉じ込められた意識を本来のイデア世界へと開放する。
前面の意識から、後ろの意識へ。
物質中心の世界から、精神世界へ。
反転する時が来ているようですね\(^o^)/
🌈🌟🌸今日も最後までお読みいただき
ありがとうございました🌸🌟🌈
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?