初めまして宇宙人
今から僕は地球人代表として、宇宙人と接触する。
今回接触する宇宙人は、地球から8.6光年離れているシリウス星団の生命体らしい。なんといっても、これは日本が半世紀前から進めてきた極秘プロジェクトらしいから、多言は一切できない。
ふぅー、緊張してきたな。
接触場所に指定されたのは、なんと地球の南極。
僕が宇宙飛行士になって15年になるが、南極調査隊を目指しても良かったなと思えるくらい、辺りは一面、別の惑星のような景色だった。
ツーっという音がして、プロジェクト本部から通信が入った。どうやらあと1分ほどでシリウス星人が南極に姿を現すみたいだ。
プロジェクト本部は、南極近くに停滞している巨大な艦艇の中に置かれている。
シリウス星人からの要望で、接触する地球人は一人だけになったみたいだけど、南極で一人きりはさすがにきつい。寒さからくるきつさというより、なんせ孤独感がすごい。吹雪の影響で周りは一面真っ白だからだ。
死後の世界が存在するなら、こんな感じだろうか。そんなことを考えるうちに3分の時間が過ぎた。
プロジェクト本部から通信が入る。シリウス星人が地球に来たみたいだ。
観測レーダーにも謎の生命体反応があったらしい。
どこだ。どこにいるんだ。
っていうか南極のどの場所で待ち合わせするのかちゃんと決めたのか? 南極大陸はオーストラリア大陸の約1.5倍の大きさがあるというのに。
僕はプロジェクト幹部から指定された場所をうろうろしているが、UFOや宇宙人らしき姿はどこにも見えない。あぁ、僕はこのままシリウス星人に出会えず、プロジェクトは失敗に終わるんだな。と、思った次の瞬間だった。
「(は〜い、ニーハオ! あ、日本人か笑 こんちは〜)」
「うわ!?びっくりしたぁ!!えぇ?」
「(いや、違うのよ、我々には時間の概念っていうのがなくて、そんな少し遅刻したくらいで怒らないでさー)」
「誰だ!おい! メーデーメーデー! 聞こえるか!? 誰も居ないのに変な日本人の声が聞こえるぞ! しかもなんか沖縄出身っぽい!語尾が!」
「(はははっ! どうも、シリウス星人です)」
この声がシリウス星人?どこにいるんだ?姿が全く見えないじゃないか!
するとすぐにツーっと音がし、プロジェクト本部から通信が入った。
「え、言い忘れていたことがある?シリウス星人は高次元の生命体だから、意識だけの存在? だから姿や形はなく、テレパシーを通じて会話をするみたい?? そんな大事なことを伝え忘れるなんて、社会人失格じゃないか!」
「(いや〜今回お会いするにあたって、日本のお笑いを勉強し、挨拶ギャグを考えてきましたよ)」
この心に響く不思議な声がシリウス星人? 嘘だ。これはきっと嘘だ。
「(どうも、お尻シリシリ! シリウス星人です! はい!!!)」
「メーデーメーデー。あのー、今めっちゃ変なギャグみたいなことをされたんですけど...。」
シリウス星人の声は僕にしか聞こえていないのが厄介だ。しかし耳元で、プロジェクト本部がざわざわしている音が聞こえる。
「え? 観測レーダーでシリウス星人の姿が見える? 姿が見えるってどういうこと? スマホのカメラでテレビのリモコンから出る赤外線が見えるみたいなこと? いや知らねえよ!」
「(このギャグのコツは、シリシリのときに人間でいうお尻の部分を人間でいう口でかぶりつくような動作をすることです〜)」
ずっとシリウス星人は何を言っているのか全く分からない。しかしそんな面白い動きをしていたんだったら、僕も観測レーダーを通して見てみたかった。
まあとりあえず、一旦落ち着こう。今僕は、地球人で初めてシリウス星人と接触している。
「(あ、これもしかして、スベったってやつ?)」
「そんなことありません!!!」
僕は焦って、から笑いをした。地球人の印象が、僕一人のせいで悪くなってしまう。
「(ふふふ〜ありがとお!んで、今回初めて、我々も普通の地球人と接触しているわけですけども、あなたを通して報告したいことがありまして)」
「な、な、な、なんでしょうか...?」
「(あのですねー、我々は肉体を持たない意識だけの生命体なのですが、それにあきちゃいまして〜、我々も地球人みたいに物理世界で肉体を背負って生きてみたいな〜っとか考えちゃっておりまして〜)」
僕の脳内に、シリウス星人の声が響き続ける。
「(なのでですね〜、地球でいう来月あたりから、我々シリウス星人の意識が、地球人の赤ちゃんとして生まれてくると思います〜。あ、大丈夫です! ちゃんと地球のルールを勉強しておきますので〜。何卒よろしくお願いします〜! ではまた〜)」
「え!? というと、それは…?」
僕は何回返答しても、シリウス星人からのテレパシーは返ってこなかった。
プロジェクト本部がまたざわざわし始めたので、おそらく観測レーダーからも姿を消し、地球からいなくなったのだろう。
僕は訳も分からず、ただ呆然と、真っ白な世界を眺めることしかできなかった。
✳︎
パソコンの画面の中で再生されていた南極調査隊のドキュメンタリードラマが終盤を迎えている。
10年ほど前に引退(というか巨額な退職金をもらい解雇された)した宇宙飛行士の任務は、妻や息子にも言っていないことがまだたくさんあるな。まあ、正確には言えないことなのだが。
結局あの極秘プロジェクト以来、別に地球に大きな変化は訪れていないし、なんなら未だに一般人は宇宙人の存在自体も知らない。
果たして、あの極秘プロジェクトに意味はあったのか。
シリウス星人なんて、本当にいたのかどうか。
というか、テレパシーで会話できるなら、わざわざ南極に行く必要なんてあったのか?
僕は死ぬまであの不思議な経験と疑念を抱き、心に仕舞い続けなければならないのだ。
ガチャという音と共に、玄関の扉が開いた。
「ただいまー!」と言う息子の声。
「ごめんねーついでに買い物してきちゃった。」と言う妻の声。
笑顔で出迎える僕。
息子が一人でお風呂に入るというので、僕は妻と夕食の準備をすることにした。買い物バッグから食材を取り出す妻が、僕に話しかける。
「あなたちょっと聞いて、大輝ね、今日小学校のクラスで自己紹介ギャグをみんなの前でやったんだって。どこでそんなの覚えたのか、将来はきっと芸人さんになるはずね笑」
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