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感覚的組織に働きかける

前回は「形式的組織」と「感覚的組織」の違いの認識が組織開発においては欠かせない、ということ、そして組織開発においては「感覚的組織」に焦点を当てていくことが大事、というお話だった。今回は「感覚的組織」をどのようにして捉え、そして扱っていくのか、というお話。

感覚的組織を捉える、とは

形式的組織なら公開されている組織図などを眺めれば捉えることができるが、感覚的組織は文書としてまとめられていることはまず無い。もちろん感覚的組織と形式的組織が重なる場合もあるけれど、そうではないことが多いし、仮に構造がほぼ同じであったとしても、大事なのはそのGravityだ。

Gravityとは、「どの組織階層を最も強く意識するか」と考えればよいだろう。例えば、チーム→課→部→事業部→事業本部、なんていう構造があるとして、「あなたの組織はどこですか」というと、事業部と答える人が多いならその組織のGravityは事業部だ。もし課と答えるならGravityは課だ。この「どのレベルに所属感を感じているのか」を把握しなければ、組織開発の打ち手は空振りしてしまう。

これは特段不思議な議論ではないだろう。例えば、会社組織を離れて政治的な枠組みで考えてみてもいい。Gravityはどこにあるだろうか?「日本」という枠組みを強く意識する人もいるだろうし、「XX県民」とか「関西人」とかに意識が向く場合もある。学校で部活をしている人であれば多分「XX高校XX部」などがその所属感の中心になるだろう。はたまた、大晦日やワールドカップではにわかに「日本人」を感じるという場合もある。一方で、「われら地球市民、地球を守るために今すぐ行動を」的なことを言っても、それは正しいけれど伝わらない、ということが起こる。これと同じことだ。

感覚的組織をどう捉えるか?

概念的にはそれほど難しくない。日常的に顔が見えるコミュニケーションを取っている輪がイコール感覚的組織だから、コミュニケーションの輪を見つけていけば良い。ベタに行くなら、そこで働いている数人の日常的な働き方を観察させてもらうことでそれは可能だろう。もしテックを使ってもっと客観的な方法で明らかにする必要があるのであれば、全社員のメールのやり取りにアクセスできるならかなり具体的にわかる。SlackやTeamsなどが活発であるなら、ワークスペースやチャンネルの状況を集計しても良いだろう。

昨今はリモートワークが増えているのでこのようなアプローチで情報収集しやすいけれど、もしオフラインでのコミュニケーションが中心なのであれば、まさにその物理的な場所の単位は感覚的組織としてとても強力に作用するだろうからむしろわかりやすい。このようにしていくと、コミュニケーションが厚い場=Gravityが見えてくる。

組織の健康診断

ちなみに、ここまでの情報である程度組織の健康診断が可能だ。例えばこんなかんじで。

  • 形式的組織と感覚的組織の乖離が大きい場合、上司との信頼関係が築けていない可能性を考えてみる余地がある。つまり上司がなにか言っても伝わらないのは、このギャップによるものだ。

  • 一人ひとりが持っているコミュニケーションの「輪」の数が複数あると、その組織は安定しやすい。逆に輪が一つだったりする組織は人間関係が希薄になっていて脆い。

  • 一人ひとりの「輪」のバリエーションが多用であれば、それはそのまま組織の多様性を示す。バリエーションがあまりない場合それはモノカルチャー度合いが高い。

  • 場合によっては「輪」が組織を超えている場合もある。他社との勉強会や強固な顧客コミュニティなど。そのようなバリエーションがある組織はもちろんオープンな組織と言えそうだ。

  • From-To、つまりコミュニケーションの方向まで取れるならなお傾向が見える。上司to部下のOne Wayが多い場合はトップダウンが強いだろうし、Two Wayなら「話を聞いてくれる」輪になれているだろう。更にPeer to PeerのMulti Wayであればその組織はフラットで相互に信頼しあっている状態だろう。

感覚的組織を変えていく

ところで組織開発に携わるならば、健康診断だけではなくて、その結果を受けてどう改善していくか、が主たる関心事項だろう。これも実は単純な話だ。ただし実行は簡単では無いかもしれない。

原則をシンプルに語るならば、コミュニケーションの輪=感覚的組織なので、「感覚的組織を変えていく」には「コミュニケーションの輪を変えていく」ということになる。これだけ。

やり方は様々だろうし、目的によって取るべきアプローチも変わってくるだろう。例えばメッセージが届かない、組織の方針が伝わらないのなら、伝えて行かなければならないし、トップダウンではなくてボトムアップにしたいのなら、「聴く場」を増やしていくことになるのだろう。ただこう言うと「それは当然やっているけれどうまく行かない」という話になりそうだ。そこでこの点についてもう少し解像度を上げていきたい。

大事なのは「質」「量」ともに、相手がすでに持っているコミュニケーションの輪を超えるor少なくとも無視できないレベルのものでなければならない、ということだ。現状のコミュニケーションの輪を上書きしようとする試みなのだから。

例えば「メッセージは伝えているのに伝わらない」というとき。そのメッセージは、どれくらいの頻度で伝えているだろうか?どのような伝え方をしているのだろうか?期初のメッセージビデオのみだったり、四半期の組織会議で10分間だけだったりでは量も質も圧倒的に足りていない。

「ラウンドテーブルやサーベイをしているけれど、社員の本音が引き出せない」のも同じ。年に一回アンケートフォームが回ってくるだけでは「日常的に聞いてもらえる」とは言えない。ラウンドテーブルも主催者にとっては毎月のようにやっている事かもしれないけれど、一人ひとりにとっては年に一回機会があるかどうか(一度もないかもしれない)程度でしかないならば、やはり日常のコミュニケーションを凌駕する体験とは言えない。

発信の量なら、四半期どころか、毎週複数回くらいの日常性が必要だ。一回あたりのボリュームは短くていいから(というか短くあるべき)、数が大事だろう。なぜなら「日常のコミュニケーションの輪」とはそういうものだからだ。質でいうなら、ファンシーなデザインは不要。ただのテキストで構わない。そして雑談をするようなフラットさで、語りかける。これもその理由は、この行為の目的が「日常のコミュニケーションの輪を書き換える」ことだからだ。

投資の優先順位

このようなことを書くと予想される反応は、「そんなことしている時間がない」「他にもっとやらなければいけないことがある」というものだろう。そんなときは、ぜひROIを考えてほしい。組織が持つその潜在能力を解き放つとき、その威力はどの程度だろうか。例えば、一人のリーダーが身を粉にして働くことで得られる売上を100としよう。プレーヤーとしてのその力はすごいけれど、「たかが100」ということもできる。その代わりに、リーダーがその時間を組織開発に投じたらどうだろう。100の売上を達成できるプレーヤーはなかなかいないかもしれないけれど、100人の社員が売上を30向上できるとしたら?その効果は3,000になる。どちらが良いのかは明白ではないだろうか。

「忙しすぎる」「他にもっとやるべきことがある」と感じる場合、一度その「やるべきこと」を点検してみるのも有益ではないだろうか。「やるべきこと」は「重要だが急ぎではないこと」だろうか、それとも「重要ではないが急ぎのこと」だろうか。もちろん本来は「重要かつ急ぎのこと」をやっているつもりだろう。しかし、本当にその「重要性」は、組織の可能性を解き放つ組織開発以上に重要なことなのだろうか?この区別を明確にしない限り、リーダーはいつまでもプレーヤーとして多忙を極め続けざるを得ない。

ただ、そうは言ってもことは単純ではないのも現実だろう。本当に「重要かつ急ぎのこと」だけで忙殺されざるを得ないリーダーは多い。その時、組織開発は諦めるしか無いのだろうか?そんなことはない。組織開発には、肩書としてのリーダーではなくてもできることがたくさんある。「コミュニケーションの輪を書き換える」活動の殆どは、実は誰にだってできる。だからリーダーは誰か適任者に手を貸してもらう事ができるし、またはどこかで誰かが「組織開発をしたい/すべきだ」と考えたなら、その人は今日からできることがある。必要なのは肩書ではない。ちょっとした知識とコツ、そして行動する勇気だけだ。

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