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【ショートショート】蝉

夏に鳴く虫、といえば何を思い浮かべるだろうか。
おそらく、多くの人が「蝉」と答えるだろう。
一説には、世界には4000種の蝉がいるとされる。我々が認知していない多くの新種もいるだろう。
今日は、そんな蝉の話だ。

その日、男は逆さにひっくり返った蝉を見つけた。道路の真ん中で弱りきっていた。
虫など何年も触っていない。だが、男はその蝉を助けてやりたくなった。
蝉を掴んで、近くの花壇に連れて行く。
その途中で蝉は「じっ」とだけ鳴いた。
花壇の花の上に乗せてやる。もうすぐ死ぬのだろうが、せめて安らかでいて欲しい。身勝手なようだが、それでも良かった。
その日の帰り道、男は懐かしい再会をした。以前好きだった女性だった。そこから恋が始まり、男は結婚した。

別の男は、ひどく腹を立てていた。仕事の失敗を上司に押し付けられたせいだった。
そんなとき、逆さにひっくり返った蝉を見つけた。
とっさに踏みつけてやろうと思ったが、急にいじめられていた頃の自分と、弱っている蝉の姿が重なった。
掴んで、近くの茂みに置いてやる。さっきはすまなかった。そう言いながら男は去った。
次の日、男の上司が仕事の失敗を多くの部下に押し付けていたことが社長に知られ、上司は職場を追い出された。そして、男は昇進した。

さらに別の男は、詐欺の売り上げで豪遊した帰り道に、ひっくり返った蝉を見つけた。
掴みあげてみると、ひどく弱っている。
男は指先に力を込める。「じっじっじっ」ひどく苦しむその姿に、今までの詐欺被害者を思い出した。ざまあみろ。知識のない、弱い奴が悪いんだ。
指先に力を込める。その瞬間だった。
「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
大きく、大きく蝉が鳴いた。
蝉は口元の管を男に刺した。みるみる男はしわくちゃになっていき、終いには服だけが残った。
蝉は元気を取り戻し、去っていった。

世界には数多くの蝉がいる。世に知られていない新種もいるだろう。
もしかしたら、すぐそばで鳴いている蝉も、新種かもしれない。
くれぐれも、悪意を持って接してはならない。
どんな蝉か、わからないのだから。

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