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隣のおばあさんとヤグルマソウ

私の家の隣には、一人で暮らしているおばあさんがいた。当時小学生だった私はそのおばあさんのことが大好きで、よく宿題をやりにいったり、理由もなく遊びに行っておばあさんと昼寝をしたりしていた。おばあさんはおばあさんだったので足が悪く、毎日の日課だった散歩も気づけばしなくなっていて、いつも家にいた。

家の近くにある土手は毎年色とりどりのヤグルマソウが咲いていて、私はその花が大好きだった。飼っている犬の散歩をするときはいつもその土手を歩くのだけれど、満開の時期はとてもきれいだった。私はその時期の散歩が一年の中で一番楽しみだった。

ある時おばあさんの家でいつものように宿題をしていたら、おばあさんがふと

「あそこのヤグルマソウは今満開かねえ」

とたずねてきた。私が今満開だよ、あの花はいろんな色があって私はとっても好きなんだよと答えると、おばあさんは

「足が悪くなってからすっかり行けなくなってしまって。あのお花はきれいよねえ」

と言った。

次の日私は土手からヤグルマソウを沢山つんで、おばあさんに持っていってあげた。

その日はヘルパーさんが来ていて、花瓶にヤグルマソウを生けて仏壇の前に飾ってくれた。

おばあさんの家はいつも静かで色が少なくて、寂しい空気だった。でもその日は、ヤグルマソウが色を足してくれて嬉しかった。

それから私は咲いている間中、犬の散歩のたびにヤグルマソウを持って行った。

その年の冬の終わりごろ、飼っていた犬が死んでしまった。散歩に行くことがなくなってしまい、さらに春から中学生になり部活や塾に行くようになった私はおばあさんの家に行くことも激減してしまった。

それから姪が生まれ、私が高校受験をし、あっという間に私は高校生になった。

ある日母が、隣のおばあさんが亡くなったと言った。私は驚くと同時に、最後におばあさんの家に行ったのはいつだったろうかと思った。

隣に住んでいていつでも会えると思っていたおばあさんに、もう会えないと思うと悲しかった。葬式でおばあさんの身内という人が、私に「いつも会いに来てくれてありがとう」と言った。私は頷くことしかできなかった。

今でもヤグルマソウを見ると、小学生の私とおばあさんが静かな部屋で一緒に過ごしたあの日のことを思い出す。今年も土手に、たくさんのヤグルマソウが咲いていた。


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私が子供のころはヤグルマソウとも言われていたこの花ですが、同名の別植物があるため今は「ヤグルマギク」と言われています。

写真は少し終わりかけの時期なのですが、満開のときはこの土手が一面花でいっぱいになります。

隣のおばあさんの家はそれからずっと空き家になっていて今はだれも住んでいないのですが、未だに門をくぐるとおばあさんがいるような気がしてなりません。それくらいそのままです。

もう一度会いたいなあ。



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