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【AND PET】#9 街の中で猫を見かけますか?

公共空間と猫

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「隈研吾展」の下に見えるネコという文字。思わず二度見するのは猫好きだけでしょうか。

先日、東京国立近代美術館で開催中の隈研吾氏の展覧会を観てきました。ご存知の方が多いと思いますが、隈氏といえば、国立競技場やイギリスのV&Aダンディーなどの設計に携わった、日本を代表する建築家の1人です。この展覧会は、数ある隈建築の中から特に公共性の高いものが集められました。

このコラムでなぜ建築? と思われそうですが、この展覧会のタイトルは「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」(会期:2021年6月18日~9月26日)というもの。建築にあまり詳しくない私が出かけたのはこのタイトルに惹かれたからでした。

隈氏は、人間は長年、家やオフィス、学校、電車などの「ハコ」にとらわれ、その内部の快適さや効率性、安全性を重視してきたと指摘します。しかしコロナ禍において、快適で安全であるはずの「ハコ」が決してそうではないことが明らかになりました。

人間が「ハコ」を飛び出した場合、そこに広がるのは公共空間です。これからの公共空間はどうあるべきか。そこで隈氏が注目したのが、公共空間で生きる猫の目線です。

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第一会場にはこの浅草文化観光センターなどたくさんの模型が。黒猫がいるの、分かりますか?(浅草文化観光センター 2012)

人間と同じく「ハコ」の中で生きる家猫と違い、都市で自由に生きている半ノラの猫たち。その行動パターンを探って見えてきたのは、いくつかの拠点を持ち、ザラザラとした素材や草むらのような茂みを好み、においでコミュニケーションをとりながら自分の体にあった空間を移動する自由な姿。隈氏はそれを「東京計画2020 ネコちゃん建築の5656原則」としてまとめ、公共性やパブリックスペースの再定義を試みています。ちなみに2020はにゃんにゃん、5656はゴロゴロと読み、猫好きにはたまりません。

どんな暮らしをしてきたの?

第一会場には隈氏がこれまでに手掛けてきた建築物の模型が数多く展示されていました。模型の精密さや美しさだけでも必見ですが、よくよく目をこらすと、あちらこちらに猫が。そして、第二会場は猫の行動と視点を追体験する展示となっています。

見終わって分かったのは、自分の生活のほとんどが「ハコ」の中に収まっていることと、それをまるで意識していなかったということ。昔(隈氏は14世紀まで遡ると考えています)から今へと受け継がれる都市計画で人間は「ハコ」ばかりを重視してきましたが、半ノラの猫たちにとってはただの「ハコ」。そんなことも、模型や映像の中を歩く猫たちの姿から教えてもらいました。

公共空間づくりを猫基準で行えば不具合も生じるでしょう。「ハコ」そのものも役割を変化させにくい存在です。しかし、少し違った視点を取り入れることで「ハコ」を囲む公共空間に新たな価値を生み出し、より暮らしやすい世界を実現することはできる。そんな期待を高めてくれる展覧会でした。

我が家の11歳の猫、ぼたんは7年前に保護施設から引き取りました。その保護施設では2年間暮らしていたそうですが、生まれてから保護施設に来るまでどのように生きてきたのかは分かりません。

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胸のあたりを掻いてあげると首がどんどん伸びてしまうぼたん。野生とは……

今では、キャットタワーは下から3段目までしか使わず、たまに窓から侵入してくる虫もただ眺めているだけのことが多い野性味のない猫ですが、ぼたんも実は「ハコ」と「ハコ」の隙間を生き抜いてきた猫なのかもしれません。草むらに潜んで獲物を狙ったり、屋根の上を器用に歩いたりする姿も見てみたかったなと思います。

文・横山珠世
女一人と猫一匹の暮らしから人と猫が共に健康で幸せに生きていく術を考える、株式会社ジャパンライフデザインシステムズの編集兼ライター。『セルフドクター』や書籍などの制作・発行に携わる。