[論文メモ] ハトの帰巣における海馬の働き


2018.7.20 おもしろい論文レポート[14]

Evidence for perceptual neglect of environmental features in hippocampal-lesioned pigeons during homing
Gagliardo et al. 
European Journal of Neuroscience; 40 (2014), 7. - S. 3102-3110

【要約】
鳩の帰巣行動における海馬の機能について調べた論文。

鳩の脳から手術で海馬を除去した後、その個体が行ったことのない場所(unfamiliar area)から放して、約40~50km離れた巣までの帰巣経路をGPSロガーで記録した。1) 海馬を除去した個体は、unfamiliar area内では対照個体よりも直線的な経路で巣の方角へ飛んでいた。これは、対照個体はunfamiliar areaでその場所の地理的な特徴やランドマークを新たに学習、記憶するために探索的な移動をしていたのに対して、海馬除去個体はそのような情報収集は行わず、新しい環境情報を無視して帰巣だけを目的に飛行していたためと考えられる。一方で、2) 巣の周辺(familiar area)にたどり着いた後に巣を見つけるまでの時間は、海馬除去個体の方が対照個体よりも長かった。これは、海馬除去個体は巣の周りのランドマークなどの記憶に頼った手がかりが使えなかったためだと考えられる。

これまで鳥類の海馬は、空間認知の中でも特にfamiliar area内での風景やランドマーク(記憶)に頼ったナビゲーションに関わっていると考えられてきた。したがって、結果2) はこれまでの報告とも合致する結果であるが、結果1) はこの論文で初めて明らかになった傾向である。本研究の結果から、鳥類の海馬はfamiliar area内でのナビゲーションだけでなく、unfamiliar areaでの空間情報収集(学習)に関わっている可能性があるという予想外の新たな知見が得られた。


【客観的な意義】
鳩の海馬の機能を調べた過去の研究では、放鳥後に視界から消えた方角(vanishing bearing)に基づいて海馬を除去した影響を評価していた。この方法では放鳥地点から数km程度の範囲における行動しか比較することができない。それに対してこの論文では、GPSロガーを用いて放鳥から帰巣までの経路を連続的に記録したことによって、これまで見落とされていた海馬の役割を示唆することができた。


【おもしろいと思ったポイント】
・「無視」には高度な認知能力が必要という話をどこかで読んだことがあったので、タイトルの「perceptual neglect」を見て興味を持った。この論文の結果から、やはり一時的にでも「無視できること」が有効な場面があり得るのだなぁと思い、おもしろく感じた(長期的に見れば、学習ができる海馬あり個体の方がもちろん有利なのだろうけど)。

・海馬がなくても放鳥地点から巣の近くまではたどり着けるが、最後に巣の場所を特定できないという結果は、移動の空間スケールによってナビゲーションに使う手がかりが変わることを示していると思う。(この論文が初めてではないかもしれないけど)そういう意味でも重要な研究だと感じた。

・おもしろいというわけじゃないけど、脳の一部を取り出してもちゃんと帰巣しようとするんだなぁ...と。


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