女神の行く末
穏やかに話す。
アメリカの作家デール・カーネギーが著書『人を動かす』で書いた、相手を説得させるときに必要な12原則のひとつだ。自分の意見が正しいと思っている人を説得する場合、ただロジカルに話すだけで良い結果を得られることは少ない。打ち解けた態度で話すことが頑なな相手の心の扉を開け、敵愾心を取り除くというのだ。
映画『女神の見えざる手』は選挙活動のロビイストを描いた物語である。対立候補の主義主張を変えて、自らの陣営に投票するよう導く役割を陰で担う。主人公のロビイストであるスローン役を演じたのは『オデッセイ』や『ゼロ・ダーク・サーティ』での好演が光ったジェシカ・チャステイン。この映画の冒頭は、彼女が鋭い目線とともに「切り札は相手が最後のカードを切ってから出すものだ」と語るシーンから始まる。
スローンの交渉術は、穏やかからかけ離れた態度だ。盗聴なんて朝飯前、まるで脅迫のように法案への賛成を迫ることもある。相手の弱点を冷静に見極め、どんな残酷な手段でも使い、勝利を勝ち取ってキャリアを築いてきた。そんな彼女が、アメリカ建国以降最大の難問である銃規制法案へ挑む。スローンは規制法案に反対するロビイストたちの先を読み、常に先手でアクションを起こし、反対派議員を切り崩していく。しかし、彼女の行き過ぎたプランに離れていく仲間が出始める。反対派からは過去の不正行為を追求され、プライベートも暴露されてしまう……。
映画自体の素晴らしさもさることながら、今作は『女神の見えざる手』という邦題の秀逸さに舌を巻く。洋画の邦題には毎度ガッカリさせられがちだが、今作は作品の内容を絶妙に表したタイトルだ。原題は『Miss Sloane』。主人公の名前がタイトルになっている。この原題の意味はラストシーンを観れば「なるほど!」と思えるのだが、映画の解説としてはわかりづらい。一方で、邦題はこの映画の様々な要素を「女神」という一言に集約させ、観る者の想像力をかき立てる。勝利の女神がどちらに微笑むのか。幸運の女神は誰の元へ降り立つのか。負けを知らないスローン自身を表すのか。法案賛成のキーを握っていた女性の世論を指すのか。「見えざる手」も物語に散りばめられた伏線のようで、挑戦的かつ的確な言葉選びになっている。
見えざる手が作中内でどのように動いていくのか。台詞量が多く、テンポの速い展開には付いていくのが大変だが、ぜひつぶさにご覧いただきたい。勝利に執念を見せることがさも当たり前かのごとくふるまい続ける「Miss Sloane」という人間像を、ラストシーンまで楽しめる1作だ。