マンチェスター・バイ・ザ・シー
つないだ手に込めた思いが届きますように。悲しみの向こう側へ、進め。
お台場が騒動で揺れた2011年の夏に放送されたテレビドラマ『それでも、生きてゆく』。ある殺人事件の被害者家族と加害者家族を描いた名作だ。ラストシーンで妹を殺された被害者の兄・深見洋貴と、殺人を犯した兄を持つ加害者の妹・遠山双葉がこのセリフとともに手紙を送りあう。両方の家族が越えられない過去を抱えながらも互いに生きていかねばならぬ苦しみから、一歩ずつ前へ踏み出そうとする。耐えることのできない苦痛や苦悶を携えて人生を送る姿には、崩壊してしまった家族の末路が丹念に描かれる。
2016-2017年シーズンの映画賞で数多くの話題をさらった映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、主人公のリーが自分の故郷である田舎町で自らの過去とひたすら向き合う物語だ。彼はボストンで住み込みのマンション管理人の仕事をしている。ある日、最愛の兄・ジョーの訃報が届く。兄には16歳になる一人息子・パトリックがいる。ジョーの遺言には、リーがパトリックの後見人となることが何の相談もなく書かれており、衝撃を受けるのだった。
冒頭だけ見ると、リーが何に苦しんでいるのかまったく分からない。世の中を諦観した根暗なおっさんとしか思えない。そう見えてしまうのは、彼自身の人生が崩壊してしまった「後」からこの物語が始まるからだ。リーはなぜ世の中と自分自身を切り離そうとするのか。パトリックとのどうにも居心地悪い距離感は何なのか。時間を追うごとに明らかになっていく罪の輪郭は、見る者の心にも徐々に荷重がかかる構成となっている。
主演は本作でアカデミー賞主演男優賞を受賞したケイシー・アフレック。心に罪と痛みを背負う役柄を静かに演じている。人生の時間は否が応でも前へ進んでしまう。いいことも悪いことも喜びも悲しみも全部抱えて、自分の道を歩まなければいけない。ひとりの男が自分の罪と、自分の過去と、自分の心とどう向き合おうとしたのか。ハッピーになるだけが映画じゃない。前に進むことは辛くてしんどいことで、でも進まなきゃいけない勇気をくれる。Amazonプライム・ビデオでも公開されている作品、この機会にぜひリーの軌跡をご覧いただきたい。