しゅしゃせんたく。

お盆なのに、梅雨のような空模様。夏真っ盛りであることを忘れてしまいそうだ。だが、耳を澄ましてみると夏の蝉の声がしっかり聞こえてくる。あるシーンのどこを取り出すかによって、同じ景色でも判断がまったく異なる結果になってしまうことは身近でもよくあることだ。

映画『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』は、巷で騒がれているように観た誰もが何か言いたくなる(突っ込みたくなる?)作品だ。原作のファンではない僕でも(ファンじゃないけど単行本は読んでる)、特報や予告編を目にして「マジか…」というネガティブなイメージしか持っていなかった。衣装は着せられ感ハンパないし、原作そのままのセリフも不自然極まりない。とはいえ、観てみないことにはわからない。ヤバさ胸いっぱい。ドキドキしながらスクリーンの前に腰を下ろした。

……。

あれ? 想像していたものと違うぞ…。
正直、いい意味で期待を裏切られた。
配役やストーリーの改変を指摘しているレビューも多いが、そんなもん原作のある作品はいくらでもあら探しができる。そうではなく、製作側が限られたリソースの中で何を取捨選択したのかに注目したい。その意味で、今回は製作サイドの巧みな取捨選択を垣間見れた仕上がりとなっている。

コミックの映像化では、原作のセリフをどこまで忠実に再現するかに頭を悩ませる。マンガを読んで「かっこいい!」と思うカットやセリフでも、実写で人が話しているのを見るとダサさ丸出しになってしまうことが往々にしてあるからだ。とはいえ、自然な流れを意識してセリフを変えてしまうと原作の世界観を大きく阻害しかねない。コミック原作はこのバランスへのチャレンジでもある。

今作はまさに世界観重視の潔い切り分け方だったように思う。ちょっとコントorコスプレっぽく見えてもお構いなしの衣装や髪形。まるで日本に見えない街並みや背景美術。原作ファンが目についてしまう突っ込みどころや初見の観客が感じるゾワゾワな不自然さをすべて含み置いたうえで、画面上の世界観を維持することを選んだのだ。前半のスタンド同士の肉弾戦、後半のバッドカンパニーの緊迫感など、VFX技術がその画面作りを絶妙に支えている。承太郎の「ザ・ワールド」発動時の画面の変わり方はまさに荒木ワールドだったように思える。

残念ながら原作のイメージが強すぎる作品のため、原作ファンの足はまだ映画館に向いていなさそうだ。予告編だけ見て「原作と違う」と断罪するにはもったいない。DVD、配信スルーをしてしまったらこの画面の質感は伝わりづらい。ああだこうだ言う前に、ぜひ劇場でご覧あれ。

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