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社交界の終焉

たまには貴族層ネタを。
フランスには未だに貴族層があるんです。
王政は廃止されて久しいけれど、貴族の称号は未だ存在しています。
特権はもちろん一切なく、殆どの貴族は普通に働いて、他のクラスと変わるところはありません。
そうは言うものの、微妙に違うところもある。教養への姿勢とか、倫理観とか、ライフスタイルとか。
そんな中で、時代の変化を感じたという話をひとつ。2017年に書きました。

義理の両親の金婚式パーティがありました。
会場はシャンゼリゼの袂にある、Le Jockey club。プルーストの「失われた時を求めて」にも登場する由緒正しき紳士クラブです。
そこに総勢80名余りの、家族、親戚、友達を招いてのパーティ。
「最近のフランスは、暗いし、不景気だし、明るい気持ちになることをしたくって」
と義母がオーガナイズしました。また、
「今の人達に、こういう気品のあるソワレの愉しさを知って貰いたい」
という思いも伝えられました。
これに対しては、義姉妹から、
「お母様、今の時代は気品とか行ってたら、堅苦しくてうんざりされるだけよ」とアドバイスされ、義母も、そこは考慮し、
「楽しく楽しく、とにかく楽しく」をモットーにエンターテイメントも交えました。
でも、「ドレスコードは譲れませんわ」、と、男性にはタキシードを、女性たちにも、夜会にふさわしいドレスアップをするよう、求められました。

お陰で、わが家も大騒ぎです。
エンターテイメント役の子供たちは、ピアノを猛練習。
スピーチを頼まれた夫は何回も書き直し、
私は子供+夫のズボンの丈を出し、そして自分には新しいドレス(それも背中が開いたデザイン!)を新調したり😊。

そして当日。
こういう宴では、円卓が幾つか設置され、夫婦はバラバラに着席です。
よって、毎回、お隣にアサインされた見知らぬ紳士と会話しなくてはなりません。
でも私、未だにフランス語に自信がないときた!
そうでなくても会話力も低いので、これがとても辛いというか、お隣の方に申し訳ないというか、社交トーク恐怖というか、なのです。
でも、今回は義母が、英語も話す、社交のベテランである老紳士の隣に席をアレンジして下さったので、話も弾み、楽しい楽しい。

でも、ふとテーブルの他の方に目を向けると、あらあら。
会話を試みているのは、年輩の方達ばかりです。
私世代や若い方達は、もう会話もなく、手持ち無沙汰で疲れ顔を見せています。
食事の始まる頃は、「初めまして、誰々の娘の婿です」「わたくしは、誰々の何々時代の友です」って挨拶し合っていて、「さすが、社交慣れしている人はスムーズだわ」と感心していたのですが、そんなことなかったみたい。

社交界の、「共通のトピックを見つけ、興味深い話に繋げる、ときおりジョークを交えて」、という神業はどこへ行った。

そしてあらためて観察すると、女性の中には、「それは日中の、それも仕事のシーンで着る服では?」みたいな方もチラホラ。お連れがタキシードなのに不釣り合いな装いです。
そのタキシードも、「十年ぶりに着たらお腹がキツくて」とか、「父のを借りた」とか。
確かにズボンのラインが一昔前風だったり、靴やシャツがちょっと違う人もいたかな。

思い起こせば、食事の前のカクテルタイムも、ぎこちなさそうな人が結構いらっしゃいましたっけ。
会の終わりの方では、ついに力尽きたように、無表情でだらしなく座っている人もいます。 (書影は拙書です↓ 貴族の美学について書いています)

書影

それで思ったのです。
もはやフランスの社交界というのは終わっているのではないか、と。
超富裕層やセレブ、そして引退組の方たちは別として、
30~50代の現役世代とって社交界は存在しない。

少し前までだったら、働き盛りの世代でも、ドレスアップしてソワレに行き、知っている人達で集まって、軽いジョークを交えた洗練した会話を楽しむ、という余裕があったのでしょう。
でも、時代は変わり、仕事の比重が大きくなった。通勤もある。家に帰れば、子供達の宿題をみて、家事をして……。
もう社交する体力など残っていないよ、と。

このパーティでも、最後の方は、「遠い親戚か何かしらないけれど、勘弁してくれ。眠いんだ!」という声が聞こえてきそうでした。

悲しいけど、仕方ない。時代の流れは誰にも止められません。
若い頃好きだった歌謡曲や洋楽(と呼ばれていた)を、今聞くと、何て軽い世界観を歌っているのだろう、と驚くことがあります。
義理の両親が社交界を楽しんだのは、そんな時代。
楽観的で、右肩上がりで、ふわふわしていた時代。
まだ人が人間らしく生活できた時代です。

今は、大勢で、品良く、洗練されたひとときを楽しむ時代でははく、
一人で、家族で、温かい家で、貴重な時間を使って心身を癒やす、そういうイメージがあります。
何かギリギリな感じがするけれど、
何か必死な感じがするけれど、
今の時代も好き。

とにかく金婚式、総じてとても素敵なソワレでした。
義理の両親よ、次回は、ダイアモンド婚式パーティを待っていますぞ!

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