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「はやく、たくさん」より「のんびり、すこし」

この4月号からリニューアルされたという『母の友』の表紙が塩川いづみさんのイラストで、宮地尚子さんの文章もあるとのことで購入してみた。

「母」の友ではあるけれど、わたしも読んでも構わないはずだ。わたしは、たぶんどっちかというと母に近くて、父であるものを母であるものに近づけたいと思っている。

ぱらぱらとスキマ時間にも読めるように、2ページずつくらいに書き手が分かれていて、その書き手がとても良い。タイトルの言葉は、宮地尚子さんの言葉だ。
なにか、課題を抱えている、悩みを抱えているときに、はやく解決するためにさらに何かを詰め込む。そうではなくて、いまあるものを取り除いて、余裕をもたせたほうがうまくいくことが多い、というたくさんの心の治療をしてきた精神科医の言葉だ。

たしかに、毎日いつも余裕がない。親に余裕がなくて、忙しくしていると、子どもに対しても、いらいらして、早くやって、とか何やってるの、とか、口を出してしまう。
「不適切保育」みたいなのが毎週のように、いろんな地域でニュースになる。でも、それも余裕の無さからくるものではないだろうか。本当に余裕があって、ゆっくり、すこしずつ、子どもを見ることができたら、そんなことは起こらないのではないか。

「母親のための酸素マスク」というくだりが、宮地尚子さんの本の中にある。

飛行機に乗ると、緊急対応用のビデオが流される。「酸素マスクが降りてきたら、たとえ子ども連れであっても、まず自分が落ち着いてしっかりマスクをつけて、それからお子さんにつけてあげましょう」という指示が、その中には必ず入っている。
「これって子育て全般にも言える」としみじみ納得し、そして考え込んでしまう。
母親にも酸素マスクが必要なことが忘れられていて、母親のためのマスクなんて用意されていないことも多いと思うからだ。

『ははがうまれる』宮地尚子

親に余裕がないと、子どもにも余裕が生まれない。親が安心して暮らしていないと、子どもも安心して暮らせない。親が健康でいることで、子どもも健康でいられる。当たり前のことかもしれないけれど、つい自分のぶんのなにかを犠牲にして、子どもに与えようとしているし、そうせざるを得ないことも多い。

はやく、たくさんのことをわたしたちは社会から求められていて、それができるほうが「能力が高い」と言われる。はやく、たくさんは際限なく求められるし、キリがない。どこかで無理がたたって、壊れてしまう。ゆっくり、すこしのことを大事にする。
子育てがしんどい、保育が大変、なにがそんなにしんどいのだろう、と考えるたびに、この余裕の無さを思う。こんなにたくさんのタスクや情報が溢れていて、「ゆっくり、すこし」ができない。
でも、「ゆっくり、すこし」の余裕をもって、自分にも子どもにも関わりたい。今日も、たくさんのことで子どもにいらいらしてしまっている。明日は、ゆっくり、すこしで子どもと、ほっとした時間を過ごしたい。

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