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子供たちに大人気⁈

≪ パリ滞在記・その39 ≫
 〜Album 旅のアルバム ・② 〜
    フェルナン・レジェ(Fernand Léger)

パリ滞在で撮影した写真は2,000枚以上、と言っても美術作品が大半です。
その中で異彩を放っているのが ポンピドゥセンターの約100枚です。スライドショーにして見ていると 突然現れる原色、奇抜な配色、くっきりした輪郭線、そして見たことない形に奇妙な物体!

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西洋絵画に興味を持つようになって日が浅いため、その興味の対象は未だ古典〜近代絵画であり、現代美術にはたどり着けていません。
ルーヴル美術館やオルセー美術館の写真を見ていると、一気に興奮がMAXに達し「素敵!」「そうそう。」「あれ、これなんだろう?」「後で調べよう!」次から次に疑問や納得や学習意欲、そして自分の言葉があふれてきます。しかし現代絵画の写真を見て私が持ちうる感情の幅は狭く、奥行きも浅い💦 何より、その作品を表現するための言葉をほとんど持ち合わせていません。
ここは逆の発想で、作品を表現する ‘フレーズ’ を蓄積していくことで、自分の感情の幅を広げることができるのではないか❗️と考えました。

さて ポンピドゥセンター・国立近代美術館に行った時「これいいかも!」と軽い感じで撮影した作品の中から 今回はフェルナン・レジェを取り上げます。
レジェについて知っているのは、ピカソやブラックと同じ時代の作家で、国立西洋美術館の常設展『赤い鶏と青い空』を見たなぁ、といった程度。意識して彼の作品を観たことはありませんでした。

【フェルナン・レジェ (Fernand Léger)】 

1881年… フランスのノルマンディーに生まれる
1903年… 芸術を学ぶためにパリへ
1906年… セザンヌの作品に出会い 影響される
1908年… エコール・ド・パリの作家が集まるアトリエに住む
1910年代…キュビスムに参加
1913年… 『形態のコントラスト』の連作で抽象的な様式に近づいていく
→「チュウビスト」と呼ばれた初期の画風では取り止めのない曲線の形を多用

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1914年… 第一次世界大戦への従軍 →太陽の下で光る銃や金属の輝きに強い印象を受け、その後 人間と機械などの対立する存在を一つの画面で描いていく
1920年〜… コルビュジェ建築物の壁画や舞台芸術、ステンドグラス、彫刻も手がける →キュビスムから脱却。しっかりしとした線で対象物を描くようになる

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1940年… 第2次世界大戦中アメリカへ →この頃より色彩が明るく変化していく

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1945年… フランスに帰国

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↑↑↑ こちら『余暇:ルイ・ダヴィッド讃』(1948〜1949年)
人間はロボットのように機械的に感じるのですが、サイクリングしている家族は 花や鳩に囲まれて楽しそうです。洗練された色彩はお見事!全体の統一感がポップでデザイン画のようです。今月はこれを iPhoneのロック画面に設定して、毎日元気をもらっています😊

1952年… 弟子のナディアと結婚、71歳⁉️
1955年… パリにて死去                                        ふむふむ🤔

さて国立西洋美術館・常設展に展示されている『赤い鶏と青い空』(1953年)、母国フランスに戻り結婚して家庭を築いた晩年の作品です。

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荒野に植物が生え、側には機械の断片⁈ その上に赤い鶏が乗り青い空に向かってコケコッコーっ!ならぬフランス語で “coquerico !” (←ココリコさんのコンビ名の由来ですね。)と声を上げています。’対立する存在を調和させるために 何かを追い求める‘といった尖った部分は削ぎ落とされ、なぜか壮大な宇宙を感じるのは私だけでしょうか😊

この作品を前にしてギャラリートークの小学生たちが楽しそうにおしゃべりし、大声で笑っていたのが印象的でした。「作品を表現する ‘フレーズ’ を蓄積していく」などと考えて “無機質のなかに温かさと生きる力を描いたレジェに脱帽です” と締めようと思ったのですが、子供たちが純粋に「楽しい!」「面白い!」「好き!」というその笑顔にはかなわないことに気がつきました。

            <その39>終わり


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