「正確であること」と「伝わりやすいこと」、どっちが大事?

日本の小説や映画がちがう国の言葉に翻訳されるとき、どちらが大事だろうとよく考える。

「正確であること」
「伝わりやすいこと」

もちろん、それはもちろん「両方」に越したことはないのだが、「正確であること」=「伝わりやすいこと」というケースは意外と少ない。翻訳する言語にもよるし、オーディエンスによるし、何より「文脈」による。

3ヶ国語を話したナボコフはこう言った。

どんなに直訳が不器用でも、綺麗な意訳の千倍は役に立つ。

同じく数カ国語を操ったホルヘ・フランシスコ・ボルヘスはこのように。

翻訳家の仕事は「コピーすることではなく、変換し豊かにすること」

言葉を伝えることと、変えてでも「意味」を伝えること。

両方できないのかなぁ。

私も仕事で翻訳をする中で「どこまでOKか」という問いを頭の中で繰り返している。その「どこまで」はテレビか映画か文学か広告かSNSかにもよるし、クライアントさんの目指すゴールや、信頼関係にもよる。(最終的には「信頼関係」のひと言かもしれない)

情報のミスがないか何度も確認した上で、やっぱり「伝わってほしい」がいう思いが強くなる。

なぜこのようなことを考えたか。今日、読み終えた小説の影響である。

韓国の作家ハン・ガンの『菜食主義者』。

私が読んだのは、紀伊国屋書店の年始の洋書セールで見つけた英語版。

世界的に権威のある「国際マン・ブッカー賞」を2016年に受賞し、世界中で読まれるようになった。私も英語に翻訳された小説を読みながら、「なんて美しい文章だろう」と圧倒されていた。

でも、途中でちょっと「あれ?」と思うようなところが出てきた。

私は韓国語が読めないので「あれ?」という感覚がどこから出て来たかはわからない。ただ、あれ?なのだ。

韓国語にこんなフレーズあるのかな?とか。元の小説もこんなに詩的に書かれているのかな?とか。韓国語の文章が詩的だとしても、それを英語にした時にこんなに違和感なく美しく流れる?とか。

なんと言うか、もともと英語で書かれているんじゃないかと思うほど「英語っぽい」。去年アメリカで出版されヒットした小川洋子の『The Memory Police』も訳が素晴らしかったけれど、それでも「日本」の香りは残っていた。

英語で読む『The Vegetarian』は韓国の香りがあまりにしない、説明できないけれどそう感じてしまった。

読み終わって調べてみると、ブッカー賞を受賞し世界中で絶賛された英訳は、韓国では受け入れられていないということを知った。

ブッカー賞が発表されたとき、イギリスの翻訳者デボラ・スミスは韓国語を勉強し始めて6年の28歳だった。年齢や、勉強した年数はあまり関係がないのかもしれない。

彼女のライティング能力が素晴らしいことは1ページ読めばわかる。彼女がハン・ガンの作品に惚れ込んだこともわかる。

ある英語のインタビューでスミスはこう聞かれた。「あなたの翻訳でなければ、この作品はマン・ブッカー賞を受賞したと思いますか?」彼女は一瞬答えに迷った。(かなり意地悪な質問である)

韓国では、翻訳がところどころ間違っているだけでなく、元の小説の「トーン」や「スタイル」まで変えられていると大きく報じられた。(ハン・ガンは英訳を読み、OKを出したとのこと。)

英語に「読みやすく」変えることによって爆発的に読まれ、賞まで受賞した。でも韓国語で読んだ人は「これはちがう」と言う。

日本の小説を英語で読み、その違和感にぞわっとすることがあるが、翻訳が一人歩きしていってしまうことは、どういう気持ちなのだろうか。

今日、インスタでこの本について書いたら、今までにないぐらいに色々なコメントが届いた。

「韓国語で読みました。英語で読もうとしたけれど、途中でやめてしまった。多少の翻訳ミスだったらしょうがないのかもと許せるけれど、元の小説と真逆のことが書かれているのはちょっと…」

という意見もあれば。

「メインストリームのオーディエンスに広く読まれることが何より大事だと思う。正しいか間違っているかだけに囚われていたら、「面白い読み物」として知ってもらう機会もない」

という意見もあった。

二つ目の意見をコメントしてくれた人は、このように付け加えている。

「例えば(ヒットしている)村田沙耶香の『コンビニ人間』も、英語で『Convenience Store Woman』というタイトルがついたから女性にも読まれ、成功しているのだと思う」

確かに、である。

広く伝わってほしいのか。
正確に伝わってほしいのか。

日本のことを常に「ちゃんと伝わってほしい」と願っている私は、今日も答えがわかりません。

まず、日本語版の『菜食主義者』を読みます。

本日のインスタグラム投稿はこちらです。コメントがとても面白いです。


この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?