徴産制 感想


今は梅雨の時期である。
そのため、外出しづらいのが今だ。
(まぁ、梅雨だろうと雨が降ろうと槍が降ろうと私は根っからのインドア派だ。)
そのため読書をしていたが、面白い小説と出会えた。
その小説の名は「徴産制」である。

1.あらすじ

2093年、疫病により若い女性の人口が激減した近未来の日本で、政府は満18歳から30歳の男性に対して、性転換を課して出産を奨励する制度を施行した。
立場も思想も異なる5人の男性が<女>として味わう様々な理不尽と矛盾、希望の物語。

2.感想

2ー1  良かった点

この物語を読んだ感想だが、男性が性転換(生殖器の形を変えるだけではなく、生殖細胞も変化)することによって、女性が現代社会で感じる理不尽を経験することを追体験できた。
通常のTS(性転換もの)作品では、TSすることによって美少女ないし美女化するが、この作品では外見は男性の頃から変わらない。
つまり、不細工な男性は不細工な女性になるということである。
そのため、性転換した主人公が不細工と言われたりすることは、容姿に秀でない人が体験することだろう。
また、仕事先でパ契(産役男の嫁入りのこと)を急かされたりするなどは、女性のキャリア形成の難しさを表しているだろう。
不妊の際、責任や検査を女性に押し付けて、男性は検査をしないなどもある。
最大の女性への加害行為であり人権侵害でもある性の慰安行為も描かれている。
この作品では、慰安男たちは一日の大半を仕事(売春)で過ごし、また観察役に暴行を食らったりする。
この慰安所に訪れる男たちが50代くらいで独身なのだが、積極的に来てるわけでではないということを考えると弱者男性の辛さも見えてくると思う。

2ー2  悪かった点

この作品で悪かった点はシスヘテロ女性の価値観に寄りすぎているところだと思う。
この作品では性転換手術を受けた男性たちは「女らしさ」を学ぶため、訓練センターで教育を受ける。
そこでは下着の付け方、化粧の方法、バーチャルセックスを学ぶが、それによって主人公が最初から女性だと思い男性が性愛の対象となる。
この話の展開を読んだとき、女性らしさの押し付けであったり国家が性別を強制的に変えるディストピアであると思った。また、性自認と性的指向が混同していると危惧した。この危惧は物語の展開を見るとやはり当たる。

話が展開するにつれていろいろな登場人物が産役男となるのだが、登場人物たちは男性と恋愛をする。
つまり、性的指向が男性となったわけであるが、この性的指向を性的嗜好と書いているのが気になった。
性的指向の意味は「ある人がどんな人(性)に性愛対象を向けるのか」ということ、つまりどの性にベクトルを向けるかということだ。
一方、性的嗜好はいわゆるフェチのことだ。例えば、熟女好きだったりとかロリものが好きであるといった具合である。
この記述によって性的指向と嗜好、性自認を混同しているとしか思えない。
教育や訓練を国家から強制されて性的指向が変わったとはいえ、男から女に変わったら男を好きになるというのはレズビアンを無視しているのではないか。
過去に性的少数者に対して、同性愛は趣味のようなものと発言して炎上した政治家がいるが、仮にもセンスオブジェンダー賞を受賞していて、ミソジニー的な発言をする政治家を批判する本書がこのような混同をしていることは非常に残念だ。

また、物語の中で外国人労働者が「一人の人間には男や女が複数いてその日で男らしくなったり、女らしくなったりする」という意味の台詞を言うが、前述の性的指向と嗜好の混同のせいで、作者が性別を着せ替え可能な衣服のようなものだと考えていそうだと思った。
性的少数者は病理として「治療」の対象になったことがあるし、現代でも趣味のようなものとして偏見を持たれている。それにもかかわらず性別を着せ替え可能なものとしてカジュアルに取り扱うのは余りにも歴史に無頓着ではないか。

⒊感想

女性が日々感じる理不尽や差別などを男性が感じる小説としては良かった。
例えば、外見差別だったり職場での退職を促したり売春といった問題をいかに男性が軽く見ているかということを突き付けられた。
私も下ネタが好きであったりと上品な人間ではないため、自分の身を省みたい。

ただし、性的指向を性的嗜好と誤記している点、産役男たちが女性らしさを学ぶために国家が訓練を押し付けたりするといったディストピアが誤記のせいで台無しになっている点など問題点があったように思える。
男が女に変わったら男に恋をするという展開は、そんじょそこらのTSものと変わらないではないか。
こういう展開こそ性自認と性的指向を混同している証拠だ。

あとがきでは女体化したら美女・美少女になるといった作品やそれを好む読者に冷や水をぶっかけたいと書いていたが、問題点のせいで冷や水をかけられずそのような読者に同調していると思った。

本書を読んだ感想は、女性の感じる理不尽などを主人公と一緒に追体験するといった点では良い作品だが、性自認と性的指向、性的指向と嗜好を混同している点においては、非常にTERF(トランス排除的ラディカルフェミニスト)の価値観で書かれた小説だなと思った。


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