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テニス中の事故と法的責任 2/4「過失」

前回の記事では、テニスのプレー中に生じた事故によって法的責任を負う場合の、責任の根拠について記載しました。
そこにおいて、しばしば「過失」という言葉が出てきました。
今日はこの「過失」という概念についてお話ししたいと思います。

「過失」というのは、一般的な用語だと、ミスです。
もちろん法律用語というのは一般的な用語に即して作られているので、ざっくりいうと、「ミス」と理解していただいたいいのですが、実は法学では、過失をいくつかの要素に分解して考えることが多いです。
過失概念については法律の研究者の間でも議論が分かれたりすることもあるのですが、比較的一般的な考え方として、過失を次のように分解して考えます。
その損害が発生することの「予見可能性」があって、適切に行為すればその「結果を回避できる可能性」があるのに、「結果を回避するための義務に違反したこと」、といった要素です。

非常にわかりにくいと思うので、いくつか例を挙げて考えましょう。

例1)先輩Aが後輩Bに球出しして、振り回し練習をしていました。Bが途中でへばったので、Aが「ちゃんとやれ!」と言って球出しのボールを思い切りBの方めがけてオーバーヘッドで打ち込んだとしましょう。Aは直接Bの身体に当てるつもりはありませんでしたが、手元がくるってBの目に直撃、Bが大けがをした、という事例を考えてみましょう(現実にやっちゃだめです)。
人に向かってボールを強く打ち込めば、当然、人がけがをする可能性はあり「予見可能性」があります。そして、ボールを撃ち込まなければ当然そのような結果にはならないわけですから「結果回避可能性」があり、プレーとは関係なく人に向かってボールを打ち込んではいけませんので「結果回避義務違反」があるといえそうです。したがって、この例では、Aに過失はある、ということになりやすいと思います。

例2)テニスサークルに所属するCは、一人で黙々とサーブ練習をしていました。テニスコートには誰もおらず、フェンスなどもきちんと設置されています。ところが、サービスのトスを上げて目線が上にいっている最中に、突如どこからか酔っ払ったサークルの友達Dがコートのフェンスドアを開けて入ってきて、Dにサーブが直撃し、ケガをさせてしまいました。
このケースでは、テニスコートに人の気配はなく、人が入ってくる様子もないものと思われますし、トスを上げて目線が上にいっている最中の出来事ですのでDが入ってくるきっかけをとらえることも難しいです。Cにとって、人が入ってくることを予見することができない、つまり自分の打ったサーブで人がけがをするという「予見可能性」がない、といえるかもしれません。したがって、Cには過失がない、といいやすいと思います。

例3)ダブルスを組んでいたEとFは、Eのサービスゲームのデュースサイドのサービスを打つ際、ワイドに打とうと話しました。Eは、ワイドを狙ってスライスサーブを打ったところ、思ったより手元でワイドに切れていき、前衛にいるFの耳に直撃して、Fが大けがをしてしまいました。
このケースでは、ワイドにサーブを打てば、コントロールミスでFにぶつかることは普通にありえますから、Fに怪我をさせることについては「予見可能性」があると判断できます。そして、ワイドにサーブを狙わなければ、よほどコントロールミスをしなければ前衛に当たることはありませんから、「結果回避可能性」があります。しかし、ワイドにサーブを打つのは当然有効な戦略ですし、一般的によく行われていることです。しかも、ワイドに打つことは事前にお互いに話し合って決めたことですから、ワイドにサーブを打たない義務があるなどとはいいにくいです。では、Fにケガさせないようにワイドに打つ義務があるかというと、どうしてもテニスというスポーツの特性上、多少のコントロールミスは生じ得るものですし、ミスショットをしない義務があるなどということはできません。そうすると、「結果回避義務違反」がないことになり、過失がないという結論になりやすいと思います。

なんとなくイメージがつかめたでしょうか。
ここで私が「なりやすい」「いいやすい」という表現を使ったところには注意が必要です。過失の判断とは、個別具体的な事例に現れたあらゆる事情をもとになされるものですから、一概にその種の事案では過失が否定される、肯定される、と言い切ることはできません。
たとえば、例3で、Eが「絶対センターに撃つからセンターよっとけ」とFに言ったのに、気が変わって、それを告げぬまま、あえてワイドサーブを打ったという場合はどうでしょうか。
事情が少し付け加わったり、引かれたりすることで、たちまちのうちに結論が変わったりするのが、法律判断の難しいところであり、面白いところでもあります。

次回は、現実に起こった例を過去の裁判例をもとに見ていきたいと思います。

※本稿に関し、過失理論の厳密な議論の余地はいくらでもあると思いますが、あえて捨象していますことをご理解ください。

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