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「驚きのパンツを開発せよ!」 トップのひと言から始まった無印良品導入プロジェクトを成功に導いた 熱きリーダーの挑戦

ローソンは無印良品を展開する良品計画と協業し、2020年6月から都内3店舗で無印良品の試験販売を開始。2022年5月からは関東甲信越の店舗で正式に導入。その後全国展開し、現在は約8500店舗で無印良品を販売しています。このプロジェクトの発足当初から関わり、牽引してきたのが木下剛さんです。困難な仕事にどんな思いで何を目指してチャレンジしているのか、うかがいました。

無印良品導入プロジェクトリーダー/木下きのした つよし
営業本部営業推進部部長
1967年、東京都生まれ。1997年、ローソン入社。店長、スーパーバイザー(以下、SV)、支店長、中四国支社中国運営部部長、副支社長に。その後、本社にてマーケティング本部、ドライ商品本部、経営戦略本部などを経て現職。2018年から無印良品導入プロジェクトを牽引。

フリーターからのスタート

  ローソンに入社した経緯を教えてください。

実は30歳になるまでいろいろな経験をしようと決めていたので、大学卒業後はどこにも就活せず、在学中に取り組んでいた演劇やバンド活動に熱中していました。今でいうフリーターですね。演劇の方は芸能事務所に所属して仕事をもらっており、バンドの方ではギターを担当していろんなライブハウスで弾いていました。

  すごいですね。そのまま芸能の世界に入ろうとは思わなかったのですか?

はい。それで生計を立てたいと思っていたわけじゃなくて、若いうちにしかできないおもしろい経験をたくさんしたかったという、ただそれだけです。

  生活の方は大丈夫だったのですか?

もちろん演劇や音楽の仕事だけでは食べていけないので、アルバイトもいろいろやりました。例えばデパートの接客や、ガソリンスタンドを建てる工事の作業員など色々な仕事をしました。一人暮らしでしたので経済的には問題ありませんでした。20代は自由に好きなことがやれたし、貴重な経験ができたので楽しかったです。でもその後はちゃんと就職して働こうと決めていたので、29歳の時にローソンに就職したんです。

  就職先にローソンを選んだのはなぜですか?

学生時代に接客のアルバイトを通して人とコミュニケーションを取るのが好きになったので接客がしたいなと。中でもコンビニはお客様との距離が近いと感じていたので、ローソンに就職しました。

  実際に働いてみてどう感じましたか?

最初は太田区の店舗に配属されたのですが、好きな接客ができて楽しかったですね。その後店長になったのですが、売り場を作ることやアルバイトさんのシフトを組むことなど、店舗運営のすべてを自分でコントロールできるのが楽しかったです。そして、失敗するにせよ、成功するにせよ、自分でトライしたことの答えがすぐ出る点もおもしろかったです

無印良品導入プロジェクトにスタートから関わる

  現在取り組んでいるチャレンジについて教えてください。

ローソン店舗への無印良品の導入です。2019年から良品計画さんとの契約交渉を行ってきて、2020年6月から都内の3店舗で無印良品の実験販売をスタート。実験結果を踏まえ2022年から全国展開を開始し、現在は約8500店舗で無印良品を販売しています。この無印良品導入プロジェクトの計画、実行、推進と、プロジェクトの目的をオーナー、店舗スタッフ、SVなどに理解してもらうことが私のチャレンジでありミッションです。

  そもそもなぜ無印良品を導入しようということになったのですか?

スタートは社長の竹増から「“驚きのパンツ”を開発してほしい」というミッションを受けたことです。

  その真意は?

ある全社的な会議で、社長が大勢の社員に「ローソンでパンツを買ったことのある人はいますか?」と聞いたことがあったんです。その時、誰も手を挙げませんでした。その結果を見て社長は「自分が所属する会社がお客様に売っている商品なのに、自分が買わないってどういうことなんだ」と。それはそうですよね。ローソンはこれまでおにぎりやデザートなどの食品分野では新商品開発にチャレンジして一定の成果を挙げていますが、日用品の分野ではメーカーさんの商品をそのままお店の棚に並べて販売しています。。それを変えたいというのが竹増社長の「驚きのパンツを作れ」の真意でした。実は私も同じようなことを考えていたので、このミッションにチャレンジしたいと思ったんです。

理念の一致で協業が実現

  その方法が無印良品の導入になったのはなぜですか?

そもそもローソンで販売する日用品を日常的にローソンの社員が買いたくなるような魅力ある商品に変えることの目的は、お客様の来店頻度を上げたり、新しいお客様を増やすことによってトータルの売上げを上げることです。その意味では全国に多くのファンをもつ無印良品は最適なブランドでした。

また、良品計画は「感じ良い暮らしと社会」の実現のために、生活の基本となる商品やサービスを、手に取りやすい価格で、全国津々浦々までお届けすることを目指されています。さらに店舗を地域のコミュニティセンターと位置付け、地域の活性化に貢献していきたいという考えをもっています。ローソンも「私たちは“みんなと暮らすマチ”を幸せにします。」というグル―プ理念のもと、社会課題を捉え、地域社会の暮らしに新しい便利をお届けできる、「マチのほっとステーション」の実現を目指しています。この企業としての理念が一致したことも大きな理由の一つです。

  このプロジェクトの難しかった点は?

一つは、商品を取り引きする上での条件交渉や事業規模の計画などです。これがものすごく大変でしたが、粘り強く交渉することで最終的には両社納得のいくラインで落ち着きました。

もう一つ難しかったのは、ビジネスモデルの違いです。良品計画さんは基本的に直営ビジネスですが、ローソンはフランチャイズビジネス。同じ小売り業でもすべてにおいて全く違うんですよ。使用言語の使い方から違うという感じなので、同じことを言っているのですが理解がずれているということが多々ありました。そのため細かいことでも逐一「これってこういうことですよね?」と確認しています。

無印良品の導入が最終ゴールではない

  現時点で、無印良品を導入した結果はいかがですか?

おかげさまで当初の計画を上回る売り上げを記録しています。無印良品を購入するお客様はほかに買う物も多く、客単価も上がっています。また、店舗によってはリピーター客や、ローソンで日用品を日常的に購買する人が増えてきたという実感はあります。

  まさに当初の目標が達成できて大成功と言えそうですね。

でもまだまだ満足はしていません。売り上げにしても、売り場の作り方や維持にしても改善する余地はまだまだあります。そもそも無印良品の導入が真のゴールではないんです。

  どういうことですか?

実は、日用品の売り場を変えるための当初のミッションは無印良品の導入ではなく、良品計画とローソンとで今までにない新しい小売り店の形を作るという壮大なものだったんです。だから良品計画の人たちと、どのような店ならその街、地域に暮らす人々のためになるかということを半年ほど考えて議論していました。ただ、やはり短期で新しい店を作ることはすごく難しくて、膨大な時間がかかるので、すぐに可能な無印良品の導入から始めようということになったんです。

でもこの新しい店を作るというチャレンジは私の中では終わっていなくて、いまだに続いています。これが究極の目標なんです。


ローソンがよりよく変わるきっかけを得られた

  このプロジェクトに挑戦してよかったなと思うことは?

お客様が何かを買いたいと思った時に、足を運ぶ場所としてローソンを想起してもらうために重要なのがブランディングです。ブランディングとは、お客様がなぜその店に来てどのようにお買い物をするかというストーリーを作ることだと思っています。そのストーリー作りが、無印良品は他のブランドよりかなり優れています。無印良品のお店のあの空間はとても居心地がいいですよね。だから多くの人が買いたい物が決まっている時はもちろん、決まっていない時でも無印良品に足を運ぶ。それはものすごく細部まで空間作りにこだわっているからです。

でもローソンの店舗はまだまだ空間づくりに課題があると感じています。だから空間作りのプロフェッショナルであるビジュアルマーチャンダイザーにお願いして、ある店舗で空間デザインをしてもらったことがあるのですが、細部のこだわりがすごく勉強になりました。

今回の無印良品導入プロジェクトで、ローソンも多くの人々が行きたくなるような居心地のいい空間にしたいし、そのためのヒントもつかめました。ローソンがよりよく変わるきっかけを得られたことが、このプロジェクトに参加してよかったと思う最大の収穫ですね。

忘れられない強烈なオーナーさんとの一件

  これまでローソンでの経験の中で最も印象的な出来事は?

いろいろありますが一番印象深いのは、私が初めてSVになった時のある店舗のオーナーとの思い出です。こちらの提案をなかなか聞いてくれない難しいオーナーさんでした。SVになり始めて担当することになり、オーナーさんに挨拶に行った時、いきなり「うちはSVなんかいらねえって言っただろ! 帰れ!」と怒鳴られたんです。前の担当者から気難しいオーナーさんだから言動には気をつけるようにと釘を刺されていたので、ある程度は覚悟して行ったのですが、まさかそこまで言われるとは想像していませんでした。

  それはショックですよね。どのように対応したのですか?

とにかく最初が肝心で、ここで引き下がったら今後私の言うことは何も聞いてもらえなくなると思ったので、元気に受け流す感じで対応しました。その場はそれでよかったのですが、今後どう対応すべきかと頭を悩ませました。まずはオーナーさんに信頼してもらうことが先決で、そのために何をすべきか考えた結果、ある方法を思いつきました。今はもうありませんが、当時は店舗の床を掃除とワックスで磨き上げて光沢度を80度以上にすることが基準となっていました。でもその店舗の床は光っていませんでした。初めてその店舗に巡回に行った時に、オーナーさんに「床、光ってないですよね」ってわざと言ったんです。

するとオーナーさんは「いや、うちの床は光らないんだよ」と答えたので、「わかりました。私に時間をください。絶対に光らせてみせます」と言って、毎回その店に朝と夕方に巡回に行く前に、店の床の掃除を始めたんです。それ以外、わざと一切コミュニケーションを取りませんでした。今の段階だと何を言っても聞いてくれないと思っていたからです。

──その後どうなったのですか?

その店は早朝に奥様が働いていて、夕方はそのご主人であるオーナーさんが働いていました。掃除を始めて3日目の早朝にお店に行くと、奥様が床を掃除していたんですよ。心の中では「よし!」と思ったのですがその素振りはまったく見せず、「何やってるんですか? 私が掃除するって言ったじゃないですか」とわざと言ったら、「いや、本部のSVに掃除なんてさせるわけにはいかない」と。「でもこれはやり方を間違えると光らないから、私がこれからお伝えする手順をメモしてその通りに掃除してください」と話すと、「わかりました」とメモを取りました。

その日、夕方にまたお店に行ったらオーナーさんも掃除していたんですよ。奥さんと同じように「何してるんですか? 床掃除は私がやります」と言うと、「いいよ、俺がやるよ」と。「いや、私がやります」「いや、俺がやる」というやり取りを10回くらいしたのですが、7回目くらいから心の中で「よし、俺が勝った」とガッツポーズを決めましたね。

その日以降、オーナーさんが床掃除にこだわり始めて、最終的には床の光沢度が100度を超えたんですよ。その状態というのは、床が水面のように、下を向くと自分の顔がはっきり見えるレベルにまでになったんです。それ以降、そのオーナーさんは私の提案を全部聞いてくれるようになりました。当時はより多くのお客様に来店していただくために、自分たちでお店の中でやれることを見つけていこうと、オーナーさんと一緒にいろいろな施策を考えて実践していました。

無印良品導入プロジェクトの原点に

──すごいですね。そこまでやれる人はなかなかいないのではないでしょうか。

この時はとにかく必死でしたから。そして、この時の経験がまさに今回のチャレンジに繋がっているんです。SV時代にオーナーさんと試行錯誤しながら気づいたのが、日用品を買うお客様の行動。そもそも自宅で日常的に使う日用品や食品を買うお客様は近隣に住んでいます。来店頻度も高いし、購買点数も多い。だから日用品の購入を目的として来店するお客様を満足させて、増やすことが重要なんだと。それからは日用品も一品一品売れる時間帯を調べ、仕入れや在庫管理をするようになり、その結果、全体の売り上げを伸ばしていったんです。

──まさに無印良品の導入の目的と同じですね。

そうなんですよ。無印良品のチャレンジができたのはそのオーナーさんのおかげだと思っています。オーナーさんと一緒にいろいろ考えたり、気づいたり、行動したり、悔しい思いやうれしい思いをしたといった経験がたくさんできたことが、ローソンで働いてよかったと思うことの一つですね。今の若い社員たちにそういう経験をさせてあげたいと思っています。

おいしいお酒を飲むために働いている

──プライベートについてお聞きしたいのですが、趣味はお持ちですか?

趣味という感覚ではないですが、土日や仕事終わりに走ったり筋トレすることですかね。20年間、毎週10キロは走っています。

──それがストレスの発散になっているという感じですか?

そもそも仕事でストレスが溜まるという感覚がないんですよ。だから走るのも単に気持ちがいいから走るという感じです。

──ほかに熱中していることは?

しいて言えばファスティングです。食事は一日一回にしているんですが、2ヶ月で体重が13キロ落ちました。加えて一食のありがたみというかおいしさに気づけたこともよかったです。

──空腹でイライラしたり元気がなくなったりしないのですか?

お腹が減ってしょうがない時は水を飲むようにしています。すると空腹感が紛れるし、デトックス効果も高まるんです。確かに最初はきつかったですが、一週間くらいで慣れました。今は体調もすこぶるいいです。

──50歳を越えているのにスマートで若々しい秘訣はそういうことだったんですね。では一番幸せを感じる時は。

おいしいお酒を飲んでおいしいものを食べている時ですかね。そのために仕事をしているとよく言っています。毎日飲んでいて何でも飲みますが、一番好きなのはワインです。特にイタリアとチリワインが好きです。

──今後プライベートでやってみたいことや目標はありますか?

特にはないですが、バイクの大型免許や船舶免許などの資格を取れればと思っています。50歳になった時にハーレーを買おうと思っていたんですが、奥さんに絶対怒られると思ってやめたんです(笑)。いつか実現したいですね。