おとなにならないこどもたち【小説】
あたし、何歳まで少女でいられるんだろう。
19歳?処女を卒業するまで?背が伸びるまで?高校を卒業するまで?少女の定義って不確かすぎて、むかしは大変だったんじゃない。あたしの生まれた時代は、少女の定義がなんとなく、決まっていた。少女は、15歳最後の日まで。少女病の患者は、16歳になるまえに、半数以上が死んでしまう。
その、病気といっていいのかもわからない奇病にそう名前がついた日に、明言こそだれもしないけれど、なんとなく、なんとなくだけれど、16歳が少女と大人の区切りにきまった。
処女でも、ビッチでも、中学生も、高校生も、ひきこもりも、大人びた子も、幼くみえる子も、かわいい子も、そうでない子も。だれだって例外なく、16歳になるまでは少女のままだし、16歳になれば少女でなくなってしまう。
15歳のあたしは、まだ少女でいたかった。永遠に少女のままでいたくて、ずっと必死で努力をした。それが無駄だとわかっていても、あたしがあんまり愛らしいままで、純潔なままでいられたら、もしかしたらあたしは16歳になっても、おばあちゃんになったってずっと、ずうっと少女のままでいられるんじゃないか。そう祈って、15年を生きた。
大人になんてなりたくない。不平等だ、だれしも平等に16歳になれば少女じゃなくなるけれど、だったらあたしは16歳になりたくなかった。少女病を患って生まれたかった。そうしたら、きっとあたしは大人にならなくてすんだはずなのに。不平等だ。
「奈子が少女病じゃなくてよかった。あしたも、来年も一緒にいられるし」
あたしは、少女病になりたかった。
「それに、奈子みたいなかわいい子が16歳で死んじゃうとかもったいないもんな。成長したら絶対もっと綺麗になる」
あたしは、成長なんてしたくなかった。
「あたし、かわいい?」
確かめたいのは愛じゃなくて、いつだって自分自身の生存意義だ。
「うん。世界一かわいい。奈子が彼女で俺しあわせだなぁ」
ばかみたい。と思った。中学生になってすぐに付き合いはじめたこの男は、あたしの望みとは真逆のことばかりいう。そのくせ、だれよりもあたしがかわいいことをあたしに教えてくれる。一緒にいていちばん居心地がいいくせに、いちばんあたしを苦しめるのもこの男だ。
クラスでいちばんじゃだめ。学年でいちばんでもだめ。学校でいちばんだってぜんぜん、意味がない。あたしがあしたも少女でありつづけるためには、世界中の少女たちのだれよりももっと愛らしくなければいけない。それでも少女でいれるかわからない。
この男はあたしをまいにち少女にしてくれる。この男のとなりにいれば、もしかするとあたしはあしたも少女のままでいられるかもしれない。けれど、いくらこの男があたしをかわいいといったって、世界は非情にもあたしを16歳にしてしまうし、16歳になればもう少女ではないのだ。苦しい。苦しい。
「……奈子、あのさぁ?」
「なぁに?」
「俺、ずっと我慢したじゃん?ほら……奈子がまだやだっていうからさぁ」
まいにち、努力してきたのだ。少女のままでありたくて、あたしを少女にしてくれるひとと付き合った。
肌を少しだって劣化させたくなくて、食べ物にも気を使ったし、マッサージもストレッチもスキンケアもかかさなかった。
「でもほら、もう俺らも高校生だし、奈子はあしたで16歳だし」
なにより、中学生になってすぐから付き合いはじめたこの男のさそいを、あたしは断りつづけてきた。少女でありつづけるために。愛らしいままで、純潔なままでいるために。
「……そろそろ、ヤリたいなぁ、とか」
────あたしを少女のままでいさせてくれるひとと付き合ったつもりだったのに。
「ちょっと奈子、なにいまの音?彼氏連れ込むのは勝手だけど、うるさくしないでよ。ママさっき帰ってきたばっかで疲れてんの」
「ごめんねママ。電球替えてたら椅子から落ちちゃったの」
「怪我してない?」
「うん。へーき。うるさくしてごめんね」
「ならいーの。気をつけてよ」
「はぁい」
「あ、そうだ。ママ今夜から彼氏とデートなの。あしたの夜には帰ってくるからさぁ。ケーキ買ってきてあげるね。ホテルの。高いやつ」
「……ありがとママ」
「……ま、これがいちばんいっかぁ」
あしたがきたら、少女じゃなくなってしまうから。
「あなたも、世界一かわいいあたしが、世界一かわいいままでそばにいてくれるならいいでしょう?」
少女のままでいたかった。
「いままでありがとう。大好きだったよ」
絡めた指は、たぶんあたしが少女でありつづけるためのつながりのようなもの。これが特別なままでいてくれるように。
16歳になるまでは、すべてのおんなは少女のままでいられるけれど、背が低いことも、腕が細いことも、顔が幼いことも、愛らしいことも、制服をきていることも、処女のままでいることだって、きっとほんとうの少女の条件だった。
「痛いのかなぁ、苦しいのかなぁ。やだなぁ」
だから、あたしはおとなにならないことを選ぶしかなかったのだ。
あたしが少女病だったらよかったのに。
文字が好きで多趣味な現役女子大生が好きなものや感じたことについて書き綴ります。あと主に少女を題材に短編小説も書きます。